私家版・ユダヤ文化論 – 内田 樹 (書評・レビュー・感想)

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私家版・ユダヤ文化論私家版・ユダヤ文化論

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書評・レビュー・感想

内田樹氏個人の知的関心に限定して書かれたユダヤ人論。
著者自身、ユダヤについて中立的で正確な知識を得たい場合は、別の書物に。と言っている。
ユダヤ人という定義は非常に難しい。
本書では「ユダヤ人は何でないのか」という消去法を唯一の基盤としている。
1.ユダヤ人というのは国民名ではない。
2.ユダヤ人は人種ではない。
3.ユダヤ人はユダヤ教徒のことではない。
個人的には現在、ユダヤ人と言っているのは、
・宗教的ユダヤ人 = ユダヤ教徒
・民族的ユダヤ人 = 親がユダヤ人の人
と定義すれば、「19世紀までの宗教的ユダヤ人を親にもつ民族的ユダヤ人」といえると思う。
これなら内田先生が定義する消去法もクリアする。
ユダヤに関する本を読むとほんとに頭が混乱する。
本書を読んでわかったことは、「ユダヤについてわかったという言説がさらにユダヤ問題を複雑にしている」ということだけだ。それ以外はわかったのか、わかっていないのかすらよくわからない。たぶんわかってないのだろう。
ユダヤ人は、反ユダヤ主義者だけでなく、パレスチナ問題にあるような20世紀にエルサレムに入植してきたユダヤ人とずっとエルサレムに住んできたユダヤ教徒(パレスチナ人に含まれる)を敵としているなど個人的にはよくわからない部分もある。ユダヤ人の内部にももちろんシオニズムを否定しイスラエルに親近感を覚えない人たちもいる。
何が問題で、どうすれば解決するのだろうか?
ユダヤについて考えると日韓問題や日中問題など取るに足らないことのように思えるのは私だけだろうか?またユダヤについてよくわからなくなってしまった。
ヤバい経済学」についてのエントリーで以下のようなことを書いた。

重要なのは、「親が何をするか」ではなく、「親がどんな人か」という結論。

逆にいえば、ユダヤ人の優秀さというのは、親の世代が何をしてきたのか?何をされてきたのか?ということなのかもしれない。そういう意味で優秀さを担保しているのは「受難」ではないだろうか?
だからこそ、日猶同祖論では、日本人の優秀さを証明するための根拠としてユダヤ人の受難を利用した。そうかもしれない。
ユダヤはどこに行こうとしているのだろうか?
イスラエルは、パレスチナだけでなくレバノンへ。次はシリアか、ヨルダンか、それともイランか?レバノンが火種になって、第5次中東戦争になり、第二のオイルショックで世界経済減速、第三次世界大戦というのはやめて欲しい。

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