ある神話の背景 – 神話は作られ、そして真実は隠される

【この記事の所要時間 : 約 3 分

「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん

第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。

村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。

犠牲者の地位の先取という不平等性の上に日本は成り立ってきた。
「戦争」について「だれが」それを起こしたのかを問うことに意味はないと思っている。
なぜなら「私がそれを起こした」と思っている人間が1人もそこにはいないからである。
しかし、この「集団自決」については「私がそれを起こした」と述べる人間がいた。
我々は、そう言明する人に対してどのような破壊的な暴力が発生したのかを知る必要がある。
「こいつを叩いても大丈夫」と思った瞬間にどのようなことが起こったのか。

ある神話の背景―沖縄・渡嘉敷島の集団自決ある神話の背景―沖縄・渡嘉敷島の集団自決

出版社: 文芸春秋
出版日: 1973
著者: 曽野 綾子

作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。


沖縄ノート沖縄ノート

出版社: 岩波書店
出版日: 1970/09
著者: 大江 健三郎

300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。

Sankei Web 社会 渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言

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