異形にされた人たち – 塩見 鮮一郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

異形にされた人たち (河出文庫)
塩見 鮮一郎
河出書房新社
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別・被差別問題に関心を持つとき、必ず避けて通れない「異形」視された人たちに関する考察・研究をここにそろえる。貧民窟、サンカ、弾左衛門、乞食、別所、東光寺、俘囚、山哉『特殊部落の研究』…。四民平等で、かつて差別された人々は忘れ去られたが、近代の目はかれらを「異形の人」として、「再発見」するのである。

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書評・レビュー・感想

被差別、貧民に関する著書が多い塩見鮮一郎氏の本である。
塩見鮮一郎氏の本は、かなり読んでいるので知っていることも多かったが、はじめて知ったこともあった。その中で一番インパクトがあったのが、「サンカ」である。
そもそも「サンカ」という存在を知らなかった。。。
Wikipedia – サンカ

サンカは、日本の山地や里周辺部で過去に見られたとされる不特定の人々を指す言葉である。その指し示す範囲は広く、回遊職能民であったり特殊な窃盗団など、時代や立場によって定義や趣旨も大きく変わり、語義を明確にすることは難しい。
定住することなく仕事を求め村々を移動する。定住ではないため拠点(天幕、急ごしらえの小屋、自然の洞窟、古代の墳遺跡、寺等の軒先など)を回遊し生活しており、人別帳や戸籍に登録されないことも珍しくなかった人々であったとされている。
サンカは明治期には全国で約20万人、昭和に入っても戦後直後で約1万人ほどいたと推定されているが、実際にはサンカの人口が正確に調べられたことはなく、以上の数値は推計に過ぎない。

サンカについては、明治、大正期の人々はよく知っていたらしい。その理由は、サンカ小説によって流行作家の地位を確立した三角寛の影響とのこと。しかし、のちに判明することだが、三角寛のサンカ研究は、創作であり、学術的価値がないことが明白となる。

サンカに関する一般的な知識は、三角寛の創作によるところが大きい。三角は、新聞記者という経歴から実録小説の形を採ったスキャンダラスな山窩小説を、昭和初期から太平洋戦争(大東亜戦争)直前にかけて執筆して一世を風靡した。終戦後、三角は戦前から1950年代にかけて全国で収集したというサンカに関する資料を基に、論文「サンカ社会の研究」を執筆。1962年には、東洋大学から文学博士の学位を取得している。1965年には、この論文を基にした著作『サンカの社会』(1965年)が刊行され、三角は一躍サンカ研究家として脚光を浴びることとなった。しかし、この研究は掲載されている写真の信憑性(別々の場所で違う日時に撮影されたはずであるにもかかわらず、同じ人物が同じ服装で写っている。後に筒井功によって写真のモデルが特定された)、さらに江戸時代末期の偽書『上記』を元にしたと考えられる「サンカ文字」が紹介されるなど、そのほとんどが三角による完全な創作と言うべきものだったことが、現在では確定している。

柳田國男によるサンカ研究などがあるが、実態的な研究はあまり進んでおらず、現在ではサンカの実態そのものがほぼ失われてしまったので、現在にいたるまで、よくわからない存在のままとなっている。
もともとは、近くに存在する人達だったが、近代の目がかれらを「異形の人」として、「再発見」することによって、彼らは「異形にされた人たち」となった。
学校で習わない、社会に出てからも知る機会がほとんどなかったことが多く、非常に勉強になった。

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