熔ける – 井川意高 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

カジノに入れ込み、注ぎ込んだカネの総額106億8000万円。一部上場企業・大王製紙創業家に生まれ、会長の職にありながら、なぜ男は子会社から莫大な資金を借り入れ、カネの沼にはまり込んだのか。その代償として、塀の中に堕ちた男の懺悔がここに――。

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書評・レビュー・感想

世間を騒がせた人物の手記という意味では、市橋達也の「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録」や後藤組組長だった後藤忠政の「憚りながら」のような告白本ではある。
著者は、大王製紙の会長を務めていた2010年から11年にかけて、カジノでの使用目的で子会社から総額106億8000万円もの資金を借り入れた事実が発覚し、2011年11月、会社法違反(特別背任)の容疑で東京地検特捜部に逮捕されており、2013年6月、最高裁にて上告が棄却され、懲役4年の実刑判決が確定。現在収監中である。
懺悔録、懺悔本という副題がついているが、全然懺悔していない点はある意味面白い。ちょっとした勘違い本のような気もする。
仕事はできたとか、酒豪だったとか、学生時代から銀座へ出入りしてたとか、広い交友関係で芸能人とも出会ったとか、はっきり言ってその情報いる?というような内容が多かった。自分にかけているものが何かをたぶん、まだ全然わかっていないんだと思う。懺悔とうのは、言い訳と自慢ではないよ。
事件を起こしながら、ずっと変わらないのは創業家出身、経営者という視点であり、事件によって被害を蒙った社員、取引先といったステイクホルダーの視点がまったく欠如している。驚くほどである。著者が見ているのは、自分と父親を含めた家族だけでそれ以外の視点はほとんどない。ゼロからビジネスを立ち上げた、叩き上げの人でないからなのだろうか、精神的に成熟していないし、バランス感覚にズレがある。
社員への謝罪も空疎だ。借りた金を返して、社会的地位を失って、4年の刑期を勤めれば、それで全部チャラになると考えている感じがする。人格形成、人格陶冶に失敗したケースだろう。
自分の金で借りた金を返したと書いているが、それは先祖の金であって、あんたが稼いだもんじゃないだろと普通の人は感じるだろう。ボンボンと思われたくないから仕事はがんばったと書いてあるが、いやいや、全然ボンボンでしょ。考え方が甘いもの。
反省もなく、自己弁護のために本を出した典型例だと思う。

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