[映画] 日本軍山西省残留問題を扱ったドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」 (レビュー・感想・解説・ネタバレ)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

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レビュー・感想・解説・ネタバレ

完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。
山西残留日本兵問題を描いたドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」が今日からイメージフォーラムで公開された。元「山西残留日本兵」の奥村和一氏(82)が主演。
「日本軍山西省残留問題」とは

終戦当時、中国の山西省にいた北支派遣軍第1軍の将兵 59000人のうち約2600人が、ポツダム宣言に違反して武装解除を受けることなく中国国民党系の軍閥に合流。戦後なお4年間共産党軍と戦い、約550人が戦死、700人以上が捕虜となった。元残留兵らは 、当時戦犯だった軍司令官が責任追及への恐れから軍閥と密約を交わし「祖国復興」を名目に残留を画策したと主張。一方、国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」とみなし、元残留兵らが求める戦後補償を拒み続けてきた。 2005年、元残留兵らは軍人恩給の支給を求めて最高裁に上告した。

この映画は「棄てられた兵隊」を描いたドキュメンタリーである。彼ら山西残留日本兵は、「逃亡兵」とされ、軍人恩給を支給されていない。「なぜ彼らは大陸にとどまったのか?」がテーマである。
なんとなく、今、話題のドミニカ移民問題とも関連があるように感じた。ドミニカ移民訴訟では、原告団は「我々を移民ではなく棄民扱いするのか!」と訴えてきた。小泉首相の謝罪談話決定後の面会にて原告の1人は、「総理は『悪かった』と私の体を気遣ってくれた。納得できない気持ちもあるが、総理の言葉を懐にしまっておきたい」と話し、原告団事務局長は「額について意見はあったが、私たちが求めていたのはお金ではなく政府からの謝罪」と話したという。
ドミニカ移民、政府支援拡充を明記 首相が「おわび」へ
山西残留日本兵問題とドミニカ移民問題は様々な部分で異なるが、彼らが訴えている主要な部分はいままでの彼らへの不当な扱いに対する謝罪とそれに伴う名誉回復であると思う。もちろん長期にわたる不当な扱いへの補償という部分もあるが、補償額の面で全面的に争っていないことを見るとそこは妥協できる部分なのだろう。
敗戦後の残留兵という意味では、インドネシア独立戦争時に武装解除された約2,000人の元日本軍人が残留してインドネシア独立軍に参加し、半数が戦死しているというものもあり、山西残留との共通点もあるため、どういう違いがあるのか知りたい。インドネシアへの残留兵は軍令ではなく意思で、山西への残留兵は意思ではなく軍令というのは正直、多少違和感がなくもないが、歴史的事実を詳しく知らないのでこの違和感は無知からくるものなのかもしれない。インドネシア残留兵への日本の扱いはどうなっているのだろうか。
インドネシア残留兵 – 異国の独立ささげた命
「独立英雄」元日本兵
今回の山西残留兵をテーマにした映画とは少し赴きは違うがインドネシア残留兵をテーマにした映画「ムルデカ 17805」が2001年に公開されている。「蟻の兵隊」とあわせて観れば何かがわかるのかもしれない。
戦後60年以上経ち、これらの問題の生き証人が少なくなっている。事実を知るための最後の機会なのかもしれない。
「蟻の兵隊」公式HP 
「蟻の兵隊を観る会」ブログ 
「蟻の兵隊・竹藪勝手連」 

「蟻の兵隊」mixiコミュニティ

私は「蟻の兵隊」だった―中国に残された日本兵私は「蟻の兵隊」だった―中国に残された日本兵

映画「蟻の兵隊」の主演・奥村和一氏は、1924年新潟県生まれ。中国山西省で敗戦を迎えるが残留を命じられ、重傷を負って捕虜となり54年に帰国。映画だけでなく、「私は「蟻の兵隊」だった―中国に残された日本兵」という本も出している。
上官の命令に従ってアリのように黙々と、戦後も中国で戦った人たちがいた。内戦に巻き込まれ負傷し解放軍に捕まった元日本兵へのインタビュー形式で綴る、戦争の真実を明らかにする執念の書。

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