カレチ – 池田 邦彦 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

カレチ(1) (モーニング KC)
池田 邦彦
講談社

昭和40年代後半、大阪車掌区──。乗客のために一生懸命になりすぎる新米カレチ・荻野の奮闘と成長を描く懐かしさ一杯の読み切りシリーズ!

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書評・レビュー・感想

昭和40年代から50年代にかけての「国鉄」を舞台にした、カレチ(長距離列車に乗務する、客扱専務車掌)を主人公にした作品である。
基本ベースは、中高年向けのノスタルジーである。
旧き良き時代の青春ドラマといった感がある。
ただし、現代の若者からすれば、働き方や人生観も含めて時代錯誤はなはだしいと感じるだろう。中高年が美化している時代の話のように思える。
ここに出てくる国鉄職員も、戦後の人手不足と右肩上がりの経済でなければ、このような働き方はできなかったであろうし、許されもしなかっただろうが、たまたま生まれた時代が、ゆったりとした仕事が許されていただけで、その後の国鉄解体が悲劇のように扱われているのは、どうなんだろうと思う。
前半から中盤にかけてのノスタルジーは、後半からの国鉄解体に向けて、ノスタルジーのすべてが引き裂かれた辛い物語と感じる人がいるかもしれないが、個人的にはそう思えない。たまたまいい時代に生まれた人が普通の時代に移行する際に、過去の特権が忘れられずにそれにしがみつく醜い姿に見える。主人公の最後の決断も浪花節のようで、本人的には満足なのかもしれないが、いかがだろうか。
まあマンガにそこまでと思わなくもないが、ちょっと癇に障る作品であった。
この作品に出てくる国鉄職員や労働組合の人達というのは、右肩上がりの経済を前提として、利益の分配がある社会の中で、生きてきた人たちなんだろうと思う。翻って、現代は、右肩上がりではなく、高度成長なんて夢のような時代はもう二度と来ないと誰もが考えている時代であり、そもそもの利益を作るところから始めなくてはいけない時代である。そんな時代に彼らは必要な人材でなくなるのは不可避だったのだろう。
最後までそういった高所からの時代背景と方向性を考えずに、反省もなかったんじゃないかなと本書を読んで思った。時代から社会から、会社からパージされて、それをお涙ちょうだいの物語にして、おしまい。なんだかなあと思った次第である。

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