★★★☆☆[映画] ファニーゲーム – Funny Games (レビュー・感想・解説・ネタバレ)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

ファニーゲーム [DVD]
アミューズソフトエンタテインメント

ショッキングな展開と暴力性が物議を醸した鬼才、ミヒャエル・ハネケの問題作。ある夏の午後、バカンスを過ごすため湖の畔の別荘へ向かうショーバー一家。別荘に到着し、台所で夕食の支度をする妻・アナの下に、ペーターと名乗る見知らぬ青年が現れ…。

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レビュー・感想・解説・ネタバレ

完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。

ヒーローがスカッと悪役を倒してハッピーエンドという娯楽的なハリウッド映画と間逆のまったく救いのない映画である。
バカンスに湖畔の別荘へ向かう家族。夫のゲオルグに、妻のアナ、息子のショルシ、愛犬のロルフィーである。そんな別荘に見知らぬ2人組の青年たちが訪れる。

不快感、無神経さ、図々しさ、意地悪さ・・・そんなネガティブなものが非常に淡々と描かれている。

希望は、ことごとく打ち破ぶられる・・・リモコンによる「巻き戻し」のシーンなんて嫌がらせとしか思えない。

青年が時折、カメラ目線になるのは、この理不尽な暴力に観客を巻き込み、暴力をエンターテイメントとして見ている観客に、本当の暴力ってこういうことだよ?と強烈なアッパーカットを食らわせるための仕組みだと感じた。

異様な作品だが、理不尽な暴力のリアリティで圧倒的に打ちのめされた。スプラッター映画や暴力映画を楽しんでいるお前ら(観客)、これが本当の暴力だ!と言わんばかりだった。

この二人の青年は何者なのか?その目的は?そんなことがやはり気になるが・・・

青年たちは、白いシャツと白いズボン、そして白い手袋をはめている。つまり、この青年たちは、特定の誰かではなく、誰でもいいということを意味し、目的は強盗でもレイプでも恨みでもない。正確に表現されないことから、何でもいいと捉えることができると思う。つまり、彼らは、残虐性や暴力、無差別殺人が擬人化されたものであるということだ。

また本作品は、反キリスト教映画と読み解くこともできる。なぜなら、二人の青年の名前は、パウルとペーターである。これは、キリスト教における首座使徒と言われるパウロとペトロのドイツ語読みであり、映画の途中にアナに祈りを強要するシーンは、他宗教の人へのキリスト教の伝道の仕方を皮肉ったものと考えることもできる。そして舟やボートは教会を暗示するモチーフであり、神の名の下に暴力を行い、舟の上で殺人を犯す・・・敬虔なキリスト教信者を両親に持つ監督ハネケによるキリスト教の欺瞞と歴史へのアンチテーゼではないだろうか。

エンターテイメントとしての暴力へのアンチテーゼ映画であり、宗教としてのキリスト教へのアンチテーゼ映画であると感じた。

だが、とても人には薦められない。。。

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