物語 イタリアの歴史 – 藤沢 道郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

皇女ガラ・プラキディア、女伯マティルデ、聖者フランチェスコ、皇帝フェデリーコ、作家ボッカチオ、銀行家コジモ・デ・メディチ、彫刻家ミケランジェロ、国王ヴィットリオ・アメデーオ、司書カサノーヴァ、作曲家ヴェルディの10人を通して、ローマ帝国の軍隊が武装した西ゴート族の難民に圧倒される4世紀末から、イタリア統一が成就して王国創立専言が国民議会で採択される19世紀末までの千五百年の「歴史=物語」を描く。

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書評・レビュー・感想

感想としては、「非常に面白かった。」で十分かもしれない。
まさにビギナー向けのイタリア歴史入門本である。副題としてついている「解体から統一まで」というのがまさにピッタリの内容。イタリア史を新書で非常にうまくコンパクトにまとめている。
「イタリアの解体」は、西ローマ帝国の崩壊から始まり、「イタリアの統一」は、イタリア王国が誕生するところで終わる。もっと詳しく知りたいという気分にさせられ、本書が描く西ローマ帝国の崩壊以前の歴史や中世イタリアの詳細、近世、近代イタリアについての本を読みたくなった。まさに入門書としてピッタリである。
本書に関して、個々の人物列伝であって通史ではないという批評もあるかと思うが、イタリア史を新書で書くには物語と歴史を絡めながらこういった形にコンパクトにまとめるのが一番だと読後に思った。網羅されなければならないというのはもっと上級者向けの本でいい。
西ローマ帝国の崩壊の理由については以下のように書かれていた。

「パンとサーカス」の提供が十分でないと大衆は不穏の気を示したが、帝国が内憂外患で危機に陥っても、彼らは国を守るために指一本動かそうとはしなかった。すでにローマ市民権を持つ者は兵役を免除されており、武器をとる術さえ知らなかったのである。

このような状態のときに皇帝が頼ったのがキリスト教徒だった。ローマ市民の腐敗によって、キリスト教の公認、国教化が行われたと知った。
その後の中世では神聖ローマ帝国というものができるが、この帝国や皇帝というのがゆるやかな連合国の首座という感じなので、なかなか理解が難しかったが、本書で少し理解が進んだと思う。

法制上は神聖ローマ帝国はドイツとイタリア北部を領有することになっていたが、どちらの地域も封建的無秩序の典型といってよく、ドイツの領主もイタリアの貴族も都合が悪ければ皇帝の意向など無視してはばからず、皇帝権が理念以上の力を持つことをあらゆる手段で妨害した。

建前上は、イタリアは神聖ローマ帝国の領土で、イタリア王は神聖ローマ帝国皇帝が兼任することになっていたらしいが、政治的にイタリア統一を阻んだのが、カトリック教会である。中世以降のイタリアは、神聖ローマ帝国の皇帝派とカトリック教皇派の確執が繰り返される様子は宗教と国家というものを考えさせられる。宗教>国家を目指すカトリック教会と国家>宗教を目指す神聖ローマ帝国という図式は、時と場所を変えて現代によくも見られる図式である。

教皇庁は、超民族組織ローマ・カトリック教会の中心機関だから、独自の社会的・政治的影響力を維持しようとすれば世俗権力が分散していることが望ましく、ヨーロッパの各民族が統一国家に組織されて強大な力を持つことは避けなければならぬ。特に教皇庁の所在地であるイタリアの国家的統一など考えただけで慄然とする。そんなことになれば、カトリック教会そのものが国家権力の下に入ってしまい、教皇権が完全に世俗権に従属させられることは火を見るより明らかだ。現に東方教会はビザンチン帝国の国家機構の一部となり、総主教は皇帝の専属司祭に過ぎないではないか。だから、現在の無秩序と戦乱に終止符を打つとするならば、それは教皇を長とする全ヨーロッパの政治的統一しかあり得ず、イタリアの民族的統一はどんなことがあっても妨げねばならぬ。この方針は教皇庁の基本方針としてこの後数百年変わることなく、カトリック教会は常にイタリア民族統一の最大の障害であり続ける。

先日、本書と同じ中公新書の『物語 ○○の歴史』シリーズである「物語 スペインの歴史」を読んだが、やはりスペインに比べるとイタリアはスターが多い。それだけ読み応えもあった。
お勧めの一冊!

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