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1942年、日本占領下の上海。抗日運動に身を投じる美しき女スパイ、ワン(タン・ウェイ)は、敵対する特務機関のリーダー、イー(トニー・レオン)に近づき暗殺の機会をうかがっていた。やがてその魅力でイーを誘惑することに成功したワンは、彼と危険な逢瀬を重ねることに。死と隣り合わせの日常から逃れるように、暴力的なまでに激しく互いを求め合う二人。そして、二人のスリリングで危険に満ちた禁断の愛は、時代の大きなうねりの中で運命的なラストへとなだれこんでいく–。
レビュー・感想・解説・ネタバレ
完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。
愛は勝ってはいけない諜報戦である(@町山智浩)
1930年後半から1940年前半における香港と上海を舞台にしたスパイ合戦を背景にした官能的ではありながらも痛々しくもある愛の作品である。原作は、張愛玲の同名の物語である。
19歳の女スパイ・マイ夫人を演じたタン・ウェイは、当時28歳だったらしい。映像でみると28歳にはとても見えない。アジア系特有の若さと妖艶さがミックスしたような魅力的な姿が印象的だった。演劇部の学生が貿易商のご婦人に化けるためにした背伸びファッションも痛々しさをうまく表していたと思う。
暗殺対象である特務機関幹部・イーを演じるトニー・レオンは、冷酷さを身にまとったような凄みのある演技をしていた。
本作品のタイトルは、LUST(肉欲)CAUTION(注意)であり、男にとっても女にとっても「肉欲注意」という本作品のテーマそのものとなっている。セックスシーンなど濃厚なシーンも多かったが、この作品のテーマそのものでもあり、回を重ねるごとに変化していく様子は、セクシーで魅力的かつうまい心理描写だと思った。汗と息遣いから空気感が伝わった。
当初、女はあくまで殺害作戦のためという割り切りだったと思う。男もあくまで息苦しい特殊業務からの逃避と自分の快楽のためという割り切りだったと思う。しかし、男は女に少しづつ心を開いていく。そして女も男に惹かれていく。女には長く離れ離れになった父親がおり、父親の不在が年の離れた男への興味につながったのかもしれない。
マイ夫人に化けるワン・チアチーにとっての2人の男の対比がすばらしい。1人目は学生時代に憧れ、好意を持っていた抗日運動をする演劇部リーダー・クァン。2人目が特務機関幹部・イー。女が成長するにつれて知るのは、男としての違いである。覚悟を決めて、現場でスパイ活動する女は、イーを知れば知るほど、若い頃、憧れたクァンに対して持っていた幻想が剥ぎ取られていく。イーに会うたびに女からは当初の可憐さは消え、艶を帯びてくる。
女性の方が男性よりも精神的な成長が早いと言われ、20代の女性が同世代の男性が子供に見え、40代以上の男性に憧れるのと同じである。青臭く未熟なクァンに対して、自信と経験に裏打ちされた貫禄を持つイー。能力にも大きな違いがある。女性であればどちらに惹かれるかは一目瞭然である。
クァンが上官に女の安全を考えてくれと言って拒否されるシーンとその後、女にキスをして「3年前にして欲しかったわ」と言われるシーンは、男から見ても、クァン・・・お前、しょぼいよ・・・と。そして、終盤にクァンが女に「君をひどい目には遭わせはしない」と言うシーンには悶絶した。しょぼ、しょぼすぎる!!!!クァン!もしかすると、この台詞が女の裏切りのきっかけになったのかもしれない。それくらい頓珍漢で女を馬鹿にした台詞だったと思う。
男は女を愛し、女も男を愛しつつあった時、最後の時を迎える。女が最後に選んだものは?なぜ女は同士を裏切ってまで、男を守ろうとしたのか・・・人を疑うプロである男はなぜ女を信用したのか・・・
女は初恋の人への憧れから、男は癒されぬ孤独から、始まった関係が最後に行き着いた先は?
愛とは何か?を問う物語だった。