部長、その恋愛はセクハラです! – 牟田 和恵 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

現実に生じるセクハラは、お役所や会社、大学が発行している防止パンフレットや各種マニュアルの事例とはだいぶ違うものである。結局、この問題の難しさは、ほとんどのセクハラが、グレーゾーンで生み出される点にこそあるのだ。なぜ女性ははっきりとノーと言わないのか、男性はなぜ気づかないのか。恋愛がらみの二つのパターン、妄想系とリアル系の違いとは。そして、訴えられたらどうすればいいのか―。セクハラ問題の第一人者が、豊富な具体例を紹介しつつ、男が嵌りやすい勘違いの構図をあぶりだす。誰でも知っておいて損はありません!

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書評・レビュー・感想

男性として、いままで気づかなかった視点が盛り込まれた良書!多くの中高年男性が読むべき本だと思う。男性側の自分本位な見方、考え方と見逃されている点というのが具体的にわかりやすく書かれている。ほとんどの職業人の男性はセクハラ加害者の予備軍とも言える。予備軍から外れるためには、セクハラが起こる構造を本書を読んで理解しなければいけない。
本書の良い点は、不倫がいけないとか、浮気は不道徳だという側面は一旦おいておいて、セクハラという一点に絞って書かれているところだろう。
自分は、セクハラとは縁遠いと思っている男性も読むべきだと本書を読んで思った。セクハラの出発点となる「勘違い」がなぜ起きるのか?これを知らずして、セクハラを防ぐことはできないと思う。
上下関係や権力関係がある中で男性側は、自分の立場や権力をみごとに過小評価し、女性からの好意(行為)をみごとに過大評価する。そのギャップの大きさに愕然とした。
過去、セクハラのニュースを見て感じたことは、本書を読んだ後だとガラッと認識が変わるかもしれない。
特に、第四章の「女性はなぜはっきりとノーを言わないのか、男性はなぜ女性のノーに気付かないのか」はセクハラの本質、核心に迫る内容となっている。
内田樹先生は、「おじさん的思考」で以下のように述べている。

学生が自分に示す欲望をおのれの個人的な性的魅力の効果であると考えて「恋に落ちる」教師と、学生が自分に示す畏敬の念をおのれ個人の博学と識見の効果であると考えて「威張り散らす」教師は、師弟関係の欲望の力学を見落としているという点で、実はまったく同類なのである。だから、たいていの場合、「セクハラ教師」は「むやみにいばる教師」でもある。

「学生」を「社員」に変え、「教師」を「上司」に変えても同じことが言える。教師に対して学生が向けるエロティックな関心(上司に対して部下が向けるエロティックな関心)は構造的なものであるから、教師(上司)はそれを自分の性的魅力の効果であると勘違いしてはならないということである。
それを見誤ると、元香川大学教授の岩月謙司のようになってしまう。
ぜひ一読を薦めたい一冊である!

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