進撃の巨人 – 諫山 創 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

進撃の巨人(1) (少年マガジンKC)
諫山 創
講談社

巨人がすべてを支配する世界。巨人の餌と化した人類は、巨大な壁を築き、壁外への自由と引き換えに侵略を防いでいた。だが、名ばかりの平和は壁を越える大巨人の出現により崩れ、絶望の闘いが始まってしまう。

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書評・レビュー・感想

かなり前から話題となっている超人気コミックであるが、未読だったので一気に読んでみた。やはり人気作品だけあってネット上では賛否両論という感じではあるが、未来でもあり、中世でもあるような舞台設定は、ナウシカのようであり、謎を散りばめたストーリーと世界観もナウシカに似ている。ナウシカのような裏設定があるのかどうかは、完結するまでわからないが、娯楽作品として秀逸であるといえる。
絵が下手という意見もあるが、それを補って余りある魅力を感じた。
敵が、外部から内部へというのは諸刃の剣になりかねないが、今後に期待したい。個人的にはオイディプスのような父親殺しの成長譚、つまり、父親の価値観からの脱出というエディプスコンプレックス克服物語であってほしいと思う。
そのような物語であるとすれば、村上春樹の「海辺のカフカ」のようなプロットではないだろうか。「海辺のカフカ」では、15歳の少年「田村カフカ」が現実世界と無意識世界での物語に交互に織り込まれていったように、「進撃の巨人」では、エレンが「城壁の外の世界」と「城壁の中の世界」での物語に交互に織り込まれていく。
エレンはこのエディプス・コンプレックスを乗り越えるために、自分の外にある迷宮「城壁の中の世界」に足を踏み入れることによって、自分自身の内にセットされた迷宮「無意識世界」に入っていくことをあらわしているのではないだろうか。無意識世界のメタファーである「城壁の中の世界」で精神的な意味での父親(巨人を作り出した根源)を殺し、新しい世界を作ることによって少年から大人へと成長を遂げるという展開になるのではないかと予想する。
巨人というのは、少年にとっての現実世界の「大人」のメタファーではないだろうか?子供にとって大人というのはよくわからないし、自分より大きく強いが、弱点がないわけじゃない。子供にとって大人は自分を支配してくる脅威とも考えられる、それを巨人が子供の精神世界のメタファーである「城壁の中の世界」へ攻めてくる理由ではないだろうか。子供にとってはそう見えるという意味で。
エレンや他のキャラクターが巨人化するのは、少年から大人へ脱皮する思春期は、子供の面と大人の面の両方を併せ持ちつつ、子供でもなく、大人でもないという精神的、心理的な不安定さをあらわしているように感じた。一部の成熟した青年は、自分の意思で巨人(大人)になることができ、成熟しきっていないエレンは、完全に巨人(大人)になりきれない・・・そういうことではないだろうか。
進撃の巨人の今後の展開に期待!

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