「身体を通して時代を読む」を読む

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身体を通して時代を読む 武術的立場身体を通して時代を読む 武術的立場
甲野善紀氏と内田樹先生の共著である。
本書は、日常的なトピックが「武術的な視点」から論じられている。
「武術的な視点」とは、けっして武術の専門用語で語るというのではなく、武術という原理的にすべての問題に解答しなければならない範疇的特殊性を踏まえた視点から語るということである。
両者ともに「教育」または「学び」については非常に熱く語っている。
以前から内田先生が言っている「師は何も教えず、弟子は、学ぶべきものを学ぶ」ということを中心にして議論が展開しているように感じた。
「成熟することへの切迫感」の一例として「バガボンド」があがっていたが、バガボンドの中での宮本武蔵の師は、山であり、木であり、水である。
そして、そこにすべての理があり、答えがある。
結局、本質的には、宮本武蔵が考えていることもラカンが考えていることも同じであるということかもしれない。
内田先生の「学び論」については、「先生はえらい」に詳しいが、対極にあるのが石原慎太郎東京都知事のオンデマンド教育論。学びとは別人になることであるとする内田論に対して、学びとは教育商品を買うことであるとする石原論。どちらが正しいかは都立大学改め、首都大学の今後をみれば明らかになるだろう。
数年がかりでいろいろな場所で対談してきた両者の話を編集したのが本書であるが、非常にうまく編集されているためかどの部分がつぎはぎかをほとんど意識しなかった。内田先生の話は聞いたことあるものがちょくちょく出てくるが、重要なものは繰り返し語られるのだろうと思う。

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