八丈島の旅 – 樫立(服部屋敷)

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八丈島の樫立地域は、大阪トンネルによって大賀郷と分けられている場所であるが、この大阪トンネルはかなりの坂であり、これを境にして、大賀郷、三根は「坂下」、樫立、中之郷、末吉は「坂上」と呼ばれている。

●服部屋敷

服部屋敷とは、江戸時代のお船預りであった服部家の屋敷跡である。近藤富蔵が築いた石垣もあり、庭前のソテツは樹齢数百年といわれている。屋敷は当時のものではなく、服部家自体は男系が絶えており、女系の親戚が観光客向けに現在の施設を運営しているとのこと。施設の中では、時間帯によっては、樫立踊りを見ることができる。生のパッションジュースなどもあった。
お船預りとは、黄八丈を年貢として幕府へ納めるための御用船の船頭のことであり、船預かり船奉行とも呼ばれていた。八丈島では代官の次に重要な役目だったらしい。












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