八丈島の旅 – 八丈島へ行ってきた!

【この記事の所要時間 : 約 4 分


休日を利用して、八丈島に家族旅行に行ってきた。過去に、八丈島や青ヶ島、鳥島など伊豆諸島の離島に関する本を読んでいたので、八丈島には非常に興味があり、ぜひ行ってみたいと思っていた。

( たかまつやよい著 「流されて八丈島2」 P105)

八丈島は、ひょっこりひょうたん島のモデルともなり、2つの山があるひょうたん型をした島である。2つの山は、八丈富士と呼ばれる西山と三原山と呼ばれる東山の2つである。

八丈島は江戸時代には流人、流刑の島とも言われており、総計で1900人弱の流人が流されたといわれてる。江戸時代の八丈島の人口は約5000人であり、その約3%の150人ほどの流人が平均して八丈島にいたらしい。
東京からかなり南の方にあるため、「常春の島」とも呼ばれている。八丈島には5つの集落があり、それぞれ、三根、大賀郷、樫立、中之郷、末吉と呼ばれている。

名所としては、八丈島最大の港である底土港や、釣り人に人気のスポットである八重根港、新東京百景にも選ばれた登竜峠、落差36.3mの唐滝、八丈富士が一望できる絶好スポット・大阪トンネル、晴れた日には67km先の青ヶ島も見える「やすらぎの湯」などがある。
八丈島の隣には、八丈小島があり、こちらは住民の集団離島のモデルとしても有名である。1969年以降、無人島となっており、最盛期には人口が500人以上だったとのこと。

八丈島に関する有名人としては、源頼朝の叔父で保元の乱で敗れた後、伊豆大島に流罪となった源為朝は、八丈小島で自害した伝説が残っている。また、流人第一号として有名なのが、関ケ原の戦いで敗れた戦国大名・宇喜多秀家がいる。八丈島の百科事典と言われる「八丈実記」の著者として知られている近藤富蔵は、最後の流人としても有名である。江戸時代の流人として唯一、八丈島から船で島抜けした成功例と言われているのが、佐原喜三郎である。彼を主人公にした小説や映画もある。
現在の八丈島は、人口約8000人。全日空の定期便が1日3便で、特産品としては、明日葉やくさや焼酎、黄八丈、フェニックス・ロヴェレニー、島寿司などが有名である。

八丈島空港は、八丈島にある2つの山(八丈富士、三原山)の間のちょうど真ん中にあった。

旅行ではレンタカーを利用した。利用したのは、「カーセンター八丈」。値段もリーズナブルでよかったと思うが、八丈富士に登るアップダウン時にエアコンをつけたまま運転していたら途中でエンジンが止まった。電話して聞いてみたら、エアコンをつけながらの場合はオーバーヒートを防ぐためにそうなるときがあるので、エアコンを切って5分待ってから再度エンジンをかけなおしてくれとのこと、やってみるとエンジンがかかった。ちょっとあせったが、まあこんなもんだろう。
今回の旅では行くことはできなかったが、青ヶ島には一度行ってみたいと思っている。
これからエントリーを分けて、八丈島旅行についてアップしていこうと思う。
・八丈島の関連
 ・ 海嘯―逸と富蔵の八丈島 – 乾 浩
 ・ るにんせん – 團 紀彦
 ・ 宇喜多秀家 – 津本 陽
 ・ 海鳴りやまず – 藤井 素介
 ・ [コミック] 流されて八丈島 – たかまつやよい
 ・ [コミック] 流されて八丈島 2 – たかまつやよい
 ・ [コミック] 流されて八丈島 3 – たかまつやよい
 ・ [映画] るにん – RUNIN banished
・青ヶ島の関連
 ・ 島焼け – 高田 宏
 ・ [コミック] 鬼虫 – 柏木 ハルコ
・鳥島の関連本
 ・ 漂流 – 吉村昭
 ・ 江戸時代のロビンソン – 岩尾 龍太郎

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