『「世の中の役に立つ」とか「目的を持つ」って、つまんないよね。』という人の数

【この記事の所要時間 : 約 3 分

「教養」について今週のSPAの文壇アウトローズの世相放談「これでいいのだ!」に載っていて、気になったので、書いておく。テーマは、「世の中の役に立つ」とか「目的を持つ」って、つまんないよね。ということ。
以前、内田先生の本「知に働けば蔵が立つ」を読んで感想を書いたエントリー「知に働けば蔵が立つ」でも教養(文化資本)については書いたけど、
1.文化的なものというのは、本質的に「定量しえないもの」であるということ。
2.「教養を身につけるためのマニュアル」というのは、「マニュアルなしで生きるためのマニュアル」というようなもので、一種の論理矛盾であるということ。
3.原理的に言って、功利的な動機がまじった瞬間に文化的なものへの本質的なアクセス可能性は損なわれるということ。
4.「文化資本を身につけよう」という発想そのものが、触れるものすべてを「非文化的なもの」に変質させてしまうということ。
上記のようなことが教養について言えると思う。
SPAの中で坪内祐三氏が以下のように言っているのも、4についてだと思う。

最近コワイのはね、さっきの「検定ブーム」でも、「教養をつければ何かの役に立つ」と誤解されがちだよね、なんか。京都文化を伝えるために、京都検定を取るとかさ。

そして、福田和也氏は、さすが 贅沢入門 という本を書いてるだけあって、贅沢については本質をついていると思った。

やっぱりみんな教養より実用=「役に立つ」ことがうれしいんだよね。それで自分もそうなろうとしたりするんだけど、世の中の役に立とうとする必要なんてまったくないんだよ。役に立たないけど面白いからやってる、っていうのが贅沢なんだからさ。

中世ヨーロッパの文化を支えてきたのは、役に立たないランティエ(金利生活者)だったし、今後の日本の文化をささえるのも、役に立たない?子なし独身の負け犬女やニートだったりすると思う。
世の中の役に立たないけど、なんか楽しいからやるという土壌が文化を育むんだと思う。
『「世の中の役に立つ」とか「目的を持つ」って、つまんないよね』って思う人がある一定数以上になれば、日本も経済大国から文化大国への移行期に入るんだと思う。

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内田 樹
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