名画で読み解く ブルボン王朝 12の物語 – 中野 京子 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

ブルボン家はヨーロッパ名門中の名門だが、王朝としてフランスに君臨したのは、およそ二五〇年。ハプスブルク家が、最後は大伽藍がゆっくり崩れ落ちるように濛々たる煙の中に没していったとするならば、ブルボンの終わりはギロチンの刃の落下と同じ、すばやくあっけないものだった。(「はじめに」より抜粋)世継ぎの混乱と血みどろの宗教戦争に彩られた王朝の誕生から、十九世紀、ヨーロッパ全土に吹き荒れた革命の嵐による消滅まで、その華麗な一族の歴史を、十二枚の絵画が語りだす。『名画で読み解く ハプスブルク家 12の物語』に続く、ヨーロッパの名家を絵画で読み解く第2弾。

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書評・レビュー・感想

以前に読んだ「名画で読み解く ハプスブルク家 12の物語」が非常に面白かったので、ブルボン家版である本書を読んでみた!
これもヒット!!
ブルボン家とハプスブルク家は敵対しつつも、婚姻をしたりとそれぞれお互いから観たお互いがこの両書を読めばよく理解できる。ルイとかアンリとかシャルルとかマリーとか同じ名前ばかり出てきて誰が誰かわからん!というような世界史の知識でも本書であれば具体的な印象とともに頭に入って理解できるかと思う。
紹介されていたのは、以下の絵画である。

・「マリーのマルセイユ上陸」(1622年) – ルーベンス
・「狩り場のチャールズ一世」(1635年頃) – ヴァン・ダイク
・「アンヌ・ドートリッシュ」(1622年) – ルーベンス
・「ルイ十四世」(1701年) – リゴー
・「マリア・テレサ」(1652年) – ベラスケス
・「ジェルサンの看板」(1720年) – ヴァトー
・「ポンパドゥール」(1755年) – カンタン・ド・ラ・トゥール
・「フランクリン」(1777年) – グルーズ
・「廃墟となったルーヴルのグランド・ギャラリー想像図」(1796年) – ユベール・ロベール
・「カルロス四世家族像」(1800年) – ゴヤ
・「ナポレオンの戴冠式」(1807年) – ダヴィッド
・「民衆を導く自由の女神」(1830年) – ドラクロワ

Wikipedia – ブルボン家

ブルボン家(Maison de Bourbon)は、ヨーロッパの王家で、フランス王家カペー家の支流の一つ。かつてのフランス王家、また現在のスペイン王家であり、さらに現在のイタリアの一部を治めていた家系もある。現在のルクセンブルク大公家も男系ではブルボン家の後裔である。アントワーヌとジャンヌ・ダルブレの子アンリは、父からヴァンドーム公位とともにブルボン家家長の地位およびフランス王位継承権を、母からナバラ王位を継承していたが、ヴァロワ朝の断絶に際してフランス王アンリ4世として即位した。ルイ14世のとき絶対君主制を確立したが、フランス革命で一時中断、復古王政ののち1830年の7月革命をもって嫡流はフランス王位を失った。スペインでアブスブルゴ(ハプスブルク)家が断絶した後、1700年にフランスのルイ14世が孫のアンジュー公フィリップ(フェリペ5世)をスペイン王に即位させた。この企てはスペイン継承戦争を招いたが、戦争の結果各国が即位を承認し、ボルボン朝が成立した。1931年にアルフォンソ13世が退位した後、長く王位を失っていたが、1975年に孫のフアン・カルロス1世が即位して王制が復活した。

本当にすばらしい良書!!!!

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