「中野チャンプルーフェスタ2013」へ行ってきた!

【この記事の所要時間 : 約 3 分


昨日は、「中野チャンプルーフェスタ2013」を見に行ってきた!
中野チャンプルーフェスタ2013 公式サイト

中野チャンプルーフェスタは2004年に行われた「昭和新道商店街夏祭り」が前身となり2005年に第1回目が開催されました。中野区における沖縄とエイサーの関係は長く1970年に中野区青少年課の委託による「沖縄郷土の家」が開設されたことから始まります。現在、中野区にはエイサー団体が5団体が存在し、小学校の運動会などでも踊られるほど「内地」では屈指のエイサーどころとなりました。
「中野チャンプルーフェスタ」の最大の特徴は「チャンプルー(ごちゃ混ぜ)」なプログラムです。沖縄の芸能だけでなく和太鼓・津軽三味線・奄美島唄・ロックバンドなど様々な出演者が登場します。そして中野区の団体による和太鼓とエイサーのコラボレーション。中野区の伝統芸能である和太鼓にエイサーという中野区の新しい芸能を加えた他ではみられないプラグラムが行われます。古今東西の芸能がチャンプルーされ全く新しい文化を作っていく。中野チャンプルーフェスタは常に創造を続ける中野の「祭り」です。

雨だったのが残念だったが、今年は沖縄へ行けないので少しは沖縄気分になったような気がした。

asahi.com – 福島のじゃんがら登場 東京・中野チャンプルーフェスタ

 JR中野駅前などで13日、沖縄の芸能や食を楽しむ「中野チャンプルーフェスタ2013」が開幕した。今年は、沖縄の民俗芸能エイサーの起源とされる、福島県いわき市の「じゃんがら念仏踊り」もお目見えし、来場者を楽しませた。14日まで。
 沖縄市の「池原青年会」やいわき市の「じゃんがら遊劇隊」が参加した。
 きっかけは東日本大震災の復興支援だった。沖縄市の別の青年会が「いわきを元気づけたい」といわき市でエイサーを奉納した。じゃんがら遊劇隊を率いるいわき市の鈴木崇弘さん(38)は「沖縄の人たちはじゃんがらを見て『エイサーのルーツがある』と、目を輝かせて話してくれた」と振り返る。いわき市では、太鼓や衣装を津波で流されたり、原発事故の影響で人手不足に陥ったりして、踊ることができなくなった青年会もあったという。そんな被災地を、エイサーは勇気づけた。
 13日は、じゃんがらのお囃子(はやし)を沖縄の三線(さんしん)が奏で、エイサーとじゃんがら遊撃隊が一緒に踊った。鈴木さんは「僕たちはこうしてがんばっている、ということを伝えられたらうれしい」と話した。
 エイサーは、お盆に祖先の霊を送り出すため歌と囃子(はやし)に合わせて練り歩く行事。伝承では、今のいわき市の袋中上人(たいちゅうしょうにん)が1603年に琉球に渡り布教した際、故郷の念仏踊りを同時に伝えたとされる。上人の地元では「じゃんがら念仏踊り」として残る。

雨なので、降りだしたら途中で止めて、小降りになったら再開するという感じだったので、演者の人たちも消化不良になったのだろうなあと思った。ちょっと気の毒。

ゴミを出さないようにという意味でゴミを持って帰るようにビニール袋が用意されていたが、そこで売られているもの(焼きそばやビールなど)を購入して、食べたり飲んだりした後のゴミは販売者がゴミを事業ゴミとして処理すべきなんじゃないのかな?
なんかちと腑に落ちなかった。
動画はiPhoneで撮影したので、ちょっと画質が悪い。

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