鹿児島の旅 – 薩摩切子工場見学(磯工芸館)

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Wikipedia – 薩摩切子

薩摩切子(さつまきりこ)は、薩摩藩が幕末から明治初頭にかけて生産したガラス細工・カットグラス(切子)である。薩摩ガラス・薩摩ビードロとも呼ばれた。現在は復刻生産されている。長崎等から伝来した外国のガラス製造書物を元に江戸のガラス職人を招くなどして第10代薩摩藩主島津斉興によって始められ、11代藩主島津斉彬が集成館事業の一環とした。安政5年(1858年)、オランダの医師ポンペ・フォン・メールデルフォールトが鹿児島を訪れてガラス工場を見学したが、100人以上がそこで働いていたと記している。

個人的に薩摩切子には興味があり、東京で行われる展示会鹿児島展などにちょくちょく行っているが薩摩切子の工場が見学ができるということで磯工芸館へ行ってきた。場所は、仙巌園の隣である。

薩摩切子の特徴は、色被せであり、カットによって変化する色のグラデーション「ぼかし」が有名である。この技術は明治初頭で一時途絶えているが、努力のすえに昭和60年代に復刻に成功している。

工場見学というので、ガイド役がついて説明を受け、映像なども見れるのかと思ったがそうでもなく、ただ通路を通って、職人が実際に作業している横を通るだけであった。
ちょっと残念。

ただ、薩摩切子を実際につくっている場面を見れるのは事実なので非常に貴重な体験となった。やはり工程ごとに職人の分業制度になっているようで、驚いたことに女性比率がとても高かった。男性ばかりなのかと思っていた。

江戸時代の薩摩切子は数も少なく、入手もほぼできないので、現在購入できるのは復刻版と思えば間違いない。もちろん当時の薩摩切子を再現した作品もあれば、新しいデザインに挑戦した新・薩摩切子もある。個人的には二色被せと呼ばれる2色の色被せがほどこされている新・薩摩切子が好みである。これは異なる2色の色ガラスを重ねて3層になっている生地に緩やかなカッティングを施して、変化のあるグラデーションを表現したものである。これは復刻後の新技術で2001年から商品化されたものらしい。

薩摩切子は復刻版でもかなり高価な品である。
小さなぐいのみでも3万円近くする。
ごく普通の小皿が5万円、中皿で10万円、大皿は20万円といったレベルである。

薩摩切子は、クリスタルガラスであり、耐熱ガラスではないので、基本的には常温までしか対応していないため、どちらかといえば酒器が多い。ぐいのみや冷酒杯、盃、ワイングラスなどである。急熱急冷には大変弱いので、直接、熱湯を注いだり、氷水を入れたりすると温度差で破損する可能性があるらしい。
こちらで販売されている薩摩切子は、島津家自ら復元したものであり、ほかで製造、販売されているものと区別する意味も含めて復元品には、島津の家紋+SHIMADZUの彫刻が施され、創作品ならびに新作品には、島津の家紋+shimadzuの彫刻が施されている。

工房の隣では薩摩切子の販売も行われていた。とても欲しかったがパンフレットだけもらって家に帰ってじっくり考えることにした。
こちらで復元の薩摩切子を購入すると、薩摩切子を納める桐箱には、尚古集成館監修が明記され、落款が捺印されているとのこと。なんだか骨董品のようだ。

切子は、以前、NHKの美の壺という番組でも特集されていた。
NHK 美の壺 – 切子
北大路魯山人が貧しかった頃、無理して買った赤い切子で豆腐ばかりを食べていた話は美食家の意地を感じた。

薩摩藩でガラスの製造が始まったのが1846年であり、着色ガラスに成功したのが、1851年、薩摩切子の製造が始まったのが1855年、そして技術が途絶えたのが1877年。つまり薩摩藩におけるガラスの歴史はたった30年だった。技術が途絶えてから復刻されたのがそれから約100年。何か不思議な感じがした。

satsumakiriko_panf.jpg

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