わかったつもり – 読解力がつかない本当の原因 – 西林 克彦 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

後から考えて不充分だというわかり方を「わかったつもり」とこれから呼ぶことにします。この「わかったつもり」の状態は、ひとつの「わかった」状態ですから、「わからない部分が見つからない」という意味で安定しているのです。わからない場合には、すぐ探索にかかるのでしょうが、「わからない部分が見つからない」ので、その先を探索しようとしない場合がほとんどです。「わかる」から「よりわかる」に到る過程における「読む」という行為の主たる障害は、「わかったつもり」です。「わかったつもり」が、そこから先の探索活動を妨害するからです。

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書評・レビュー・感想

なかなかの良書。
わかったつもりの原因が「部分が読めていない」は至言だと思う。

「間違ったわかったつもり」の状態では、部分が「読み飛ばされ」て、しっかりとした意味が引き出されていません。全体のおおざっぱな文脈を打ち破るほどには、部分が読まれていないので、間違った状態が維持されているというわけです。簡単に言えば、部分の読みが不十分だったり間違ったりしているので、間違ったわかったつもりが成立するのです。

文章の読み間違いが起きるとすれば、それは部分を積み上げてより全体的な理解を作り上げる、もっと後の過程においてだ、と考えるのが、一般的だろうと思うのです。しかし、私たちはむしろ文脈を使って部分を読むのです。ですから、文脈を使って、部分から間違った意味や漠然とした意味を引き出して、間違ったわかったつもりを維持することになるのです。

また、「文脈を使って部分を読む」というのも非常に重要なポイントだと思う。違う文脈を使えば、同じ部分を読んでも引き出す意味が異なることがあるということでもある。
文章をいつも深く読む必要はないと思うが、深く読まなければいけない局面というのは存在する。その時にどうすれば深く、よりよく読めるのかという方法論を知っておくだけでも読む価値はあると思う。
ただあともう少し理解したかったので、著者の別の本も読んでみたいと思った。

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