功名が辻〈1〉 – 司馬 遼太郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分


功名が辻〈1〉功名が辻〈1〉

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

書評・レビュー・感想

永禄十年(1567年)、山内伊右衛門が独身で、織田家の馬廻役50石だった頃から物語は始まる。
本書「功名が辻〈1〉」は、天正九年(1581年)の馬揃えまでである。
この時、伊右衛門は2000石。
伊右衛門は、石山合戦のあと、織田家直参から羽柴家の家来になる。
親会社の社員から子会社の社員になるということであり、大きな転機であったと思われる。
とはいえ、その子会社が時流にのった成長企業であるからこその移動であったと考えられる。
この時に1000石から2000石になっているが、格下げにともなう見返りだったと思われる。
ソニーの社員として、ソニーの中でもっとも高収益を上げているSCE(ソニーコンピュータエンターテイメント)へ出向していたが、成長を見込み、給与があがるとのことで、引き抜きされて、完全に転籍をしたようなものである。
妻である千代については、

おもながで、眼の切れが異様に長く、唇がまるくて、ちょっとめずらしいほどの美人である。千代は、利口さを「無邪気」で偽装していた。利口者が、利口を顔に出すほど嫌味なものはないということをこの娘は小娘のころから知っている。だから、誰からも愛された。

そして幼少の頃より仕えた2人の郎党(五藤吉兵衛と祖父江新右衛門)については、

「自分と吉兵衛とのむつまじさは、親族以上である。かれの人柄は、まず怒らない。それに淡白で隠し立てをしない。非常な武辺で、たがいに一つの戦場に臨んではげんできたが、自分はつねに吉兵衛に劣った」と土佐軍記に祖父江新右衛門が語っている項目がある。

「妻と郎党に恵まれた」というのが作者の感想である。
私としては、なぜ妻に恵まれえたのか?なぜ郎党に恵まれえたのか?に非常に興味が引かれた。
「縁」といってしまえば、それで終わってしまうが、いったいなぜなんだろうか?

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です