上意討ち始末―子連れ侍平十郎 – 鳥羽 亮 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分


上意討ち始末―子連れ侍平十郎上意討ち始末―子連れ侍平十郎

二十石徒組の長岡平十郎。
仙波市之助と2人で、林崎道場に竜虎といわれる28歳の下級武士である。
病身の妻(多津)と5歳の娘とつつましく暮らしている。
彼とその家族は、彼の剣の腕のために藩の政争に巻き込まれていくことになる。
そして、政争に破れ、藩主の上意として追ってをかけられる境遇に・・・

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書評・レビュー・感想

今まで、敵討ちものをよく読んでいたが、そういえば上意討ちの中に敵討ちの要素が含まれている場合もあるなあと読みながら思っていた。現代ではもちろん違法である敵討ちが時代物になるとなぜか輝いてみえる。
現代に敵討ちがあったらというもしもものとして漫画であるが「フリージア」があるが、時代物とはやっぱり違う。
時代物は何か封建制度という縛られた中で、一瞬だけ解き放たれた光のような輝きがあるように思う。
もちろん、上意討ち(敵討ち)のほとんどは、その全行程の95%以上が追い追われる「消耗するだけの日常」であり、運のいい上意討ち(敵討ち)の場合だけほんの5%程度の「高揚期(上意討ちに成功し相手を討ち取る瞬間を含むその前後期)」がある。
その高揚期への期待感が小説を颯爽とドライブさせてくれる。
その爽快感が好きなのかもしれない。

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