絵画で学ぶ新約聖書 – 受難、処刑、復活、昇天編

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受難とは、イエス・キリストの裁判と処刑における精神的、肉体的な苦痛のことである。受難を前にして、イエスと彼の弟子である12使徒が最後に夕食を共にしたエピソードが「最後の晩餐」である。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」をミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院で見たことがある。
ここでは、使徒の1人がイエスを裏切ることが告げられ、イエスの苦難に際して使徒たちが逃げ散ることが予告された。
ダ・ヴィンチの絵では、裏切者であるユダの顔が黒く影が入ったように描かれており、右手には裏切りの報酬が入った袋を持っている。

イエスは、十字架にかけられて処刑される運命を知っており、その苦悩をオリーブ山の麓にあるゲッセマネの園で祈った。「ゲツセマネの祈り」といわれるエピソードである。
イエスはこの祈りに弟子3人を同行させたが、弟子たちは眠ってしまいイエスから叱責を受けたとされる。上記の絵のようにイエスや使徒である弟子たちの頭に金の光背(後光、光輪、円光)がある場合があるが、これは、神の光を反射している神聖さを表すシンボルである。

「ゲツセマネの祈り」の後、イエスは自ら捕えられるために進んだといわれている。そして、イエスを捕えるために裏切り者のユダとユダヤ教の長老やローマ兵などがやってくる。暗いところでもイエスを捕縛できるようにユダがイエスに口付けをするという合図が決められていたといわれている。上記の絵はその様子をあらわしたものである。
このあと、弟子たちは逃げ出し、イエスは裁判のために連行された。

ユダヤの祭司や群衆は、イエスを死刑にしたかったが、ユダヤ人には死刑を執行する権利がなかったため、当時ユダヤを支配していたローマ帝国のユダヤ属州総督・ピラトに身柄を明け渡し、死刑執行を求めた。ピラトはイエスを釈放しようと考え、群衆の前でイエスと強盗犯のバラバのどちらを釈放したらよいかと聞くが、予想に反して群衆はバラバを釈放するよう求めた。その結果、イエスは十字架に架けられる磔刑となる。
イエスは十字架を背負って総督ピラトの官邸から刑場のあるゴルゴダの丘までの道のりを歩いたとされている。
上記の絵のように十字架のところに「INRI」と書かれているのは、ラテン語の「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の頭字語であり、日本語では「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳される。
兵士たちはイエスの服をくじを引いて分け合ったといわれており、その様子も描かれている。この時、2人の強盗とともに十字架に架けられている。

磔刑の後、イエスは十字架からおろされ墓に埋葬されるが、イエスの遺体は総督ピラトに願い出たアリマタヤのヨセフが引き取る。ヨセフはエルサレムの有力者であり、イエスのよき理解者でもあった。上記の絵のイエスの上半身を抱えている人である。マグダラのマリアがイエスの手を取り、悲しげな表情で見つめている。マグダラのマリアは、娼婦だったといわれており、彼女のシンボルは長い髪である。髪は淫欲と虚栄の象徴とされ、女性は教会内ではヴェールで髪を隠さなければならないが、長い髪をほどいた姿のマグダラのマリアは、乱れた生活を暗示するとともに自由の女性として描かれている。
また画面右では、聖母マリアがイエスの遺体を見て、気を失っている様子が描かれている。イエスの遺体を聖母マリアが抱いて悲しむ様子を「ピエタ」という。バチカンのサンピエトロ大聖堂にあるミケランジェロ作が有名である。

キリストの処刑の3日後に、キリストの墓に女たちが墓をたずねていくと、墓が空になっており、青年(天使)が女達にキリストの復活を告げたといわれている。「キリストの復活」のエピソードである。
この復活の後、イエスは天に昇ったと言われており、これを「イエスの昇天」ともいう。

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