覇者の条件 – 海音寺 潮五郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

覇者の条件 (文春文庫)
海音寺 潮五郎
文藝春秋

乱世に覇を唱え、しかも治国の実をあげるには、彼にいかなる資質が要求されるか―歴史文学の巨匠が、日本史上12人の名将を俎上にのせ、その雄渾の筆を自在にふるって、軍略、人事、経営の各方面から覇者の条件を剔抉し、あわせて人生百般の知恵に説きおよんだ武将列伝の傑作。

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書評・レビュー・感想

本書で対象となっている覇者は、平清盛、源頼朝、北条泰時、足利尊氏、北条早雲、武田信玄、毛利元就、織田信長、徳川家康、野中兼山、細川重賢、上杉鷹山である。
有名人が多い中で、面白かったのが野中兼山と細川重賢であった。
Wikipedia – 野中兼山

野中 兼山(のなか けんざん、元和元年(1615年) – 寛文3年12月20日(1664年1月18日))は、江戸時代初期の土佐藩家老。諱は良継(よしつぐ)、一名は止、尚字を良継とする史料もある。通称は初め伝右衛門、後に主計、また伯耆と改め、最後にまた伝右衛門に復した。幼名は左八郎、兼山は号で、後に高山と改め、致仕して明夷軒と号した。南学の儒者。政治家。また灌漑、築港、社会・風教改革、各種産業の奨励等、活動は多岐にわたる。

Wikipedia – 細川重賢

細川 重賢(ほそかわ しげかた)は、肥後熊本藩6代藩主。第4代藩主・細川宣紀の五男。熊本藩細川家7代。紀州藩第9代藩主・徳川治貞と「紀州の麒麟、肥後の鳳凰」と並び賞された名君であった。

ただどちらも覇者というカテゴリではないと思う。もちろん時代背景などもあり、江戸中期に覇者というものが存在しえないのだが、覇者ではなく名政治家くらいならちょうどいいのかもしれない。

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