★★★★☆[映画] ギャング・オブ・ニューヨーク – Gangs of New York (レビュー・感想・解説・ネタバレ)

【この記事の所要時間 : 約 5 分

19世紀、ニューヨークのアイルランド移民の少年アムステルダムは、先住民のグループ「ネイティブズ」のボス、ブッチャーに、目の前で父親を殺された。そして十数年後、ニューヨークに戻ってきた彼は、素性の隠してボスに近づき、その懐に飛び込み、父親の復しゅうを遂げようとする。

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レビュー・感想・解説・ネタバレ

完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。

民族対立、宗教対立、家族愛、親子関係、黒人差別など見どころがたくさんある作品だった。

映画は、1846年のニューヨーク・ファイブスポットで起こったアイルランド人移民グループの「デッド・ラビッツ」とアメリカで生まれ育った人たちのグループの「ネイティブ・アメリカンズ」による抗争から始まる。ここで、ディカプリオ演じる主人公アムステルダムの父であり、「デッド・ラビッツ」のリーダーである神父・ヴァロンが「ネイティブ・アメリカンズ」のリーダー・ビルに殺される。アムステルダムは幼少にしてその現場を目撃する。

アムステルダムはその後、少年院で時を過ごし、1862年にファイブスポットに戻ってくる。その時の時代は、1861年から始まったアメリカの内戦・南北戦争のまっただ中であった。そして、1845年から1849年にアイルランドで起きたジャガイモ飢饉により多くのアイルランド人が新天地アメリカへ移民として流入していた。当時を舞台にした物語では、北軍側が主人公の若草物語や、南軍側が主人公の風と共に去りぬなどがある。映画の中でも船でやってきた移民が1日3食食べれるという誘いによって南北戦争に駆り出されていく様子が描かれており、それと同時に隣の船から戦死した遺体が戻ってくるという南北戦争の激しさも含まれている。

デッド・ラビッツとネイティブ・アメリカンズとの争いは、アイルランド系対イギリス系というだけでなく、カトリックとプロテスタントの争いでもある。南北戦争は黒人奴隷制度の是非についての争いであった。本作でもアンクル・トムの小屋が教会で上映されているが、観客はブーイングして物を舞台に投げるなどまだ黒人差別が激しく、北軍の市民は黒人奴隷解放のための戦争に嫌気がさしていることが描かれている。

そんな1862年にファイブスポットに戻ってきたアムステルダムは、街がネイティブ・アメリカンズに支配され、元デッド・ラビッツだった人たちもビルの手下になっていることを知る。父の復讐を果たすためアムステルダムはネイティブ・アメリカンズに潜り込み、ビルに近づく。
ビルの元で少しづつ成長し、ビルもアムステルダムを息子のようにかわいがる。まさに親子のように。

そんなアムステルダムが恋したのがジェニーであるが、ジェニーがビルの愛人であることを知り、驚き、悩む。そんなジェニーに思いをよせていたアムステルダムの友人・ジョニーは、ビルにアムステルダムがヴァロン神父の息子であり、ビルに復讐しようとしていると密告する。それに激怒するビル。ビルが激怒した理由は、おそらくそんなことは知っていたが、アムステルダムを自分の息子同然にかわいがることで、復讐心が消えることを望んでいたからであり、本当に息子のように思っていたからだと思われる。

密告後にアムステルダムが復讐してくるかを試すのは、密告があったため立場的にそうせざるを得なかったためだろう。そのような状況になることを予想し、ビルはジョニーに激怒した。アムステルダムは復讐に失敗するが、顔に焼きを入れられ、死からは解放される。

教会の地下でジェニーに介抱され、復活するアムステルダム。裏切りによって殺されそうになり、なんとか復活する様子は、まさにユダに裏切りによって十字架にかかり、その3日後に復活したイエスを暗示させる。その復活の場面に共にいたジェニーは、マグダラのマリアを象徴している。娼婦であったマグダラのマリアを暗示するようにジェニーは愛人として表現されている。復活したアムステルダムは、デッド・ラビッツを再結成し、ネイティブ・アメリカンズと戦うことになる。

最後は、アムステルダムはビルと戦い、ビルをナイフで刺し殺し復讐を遂げ、ビルの愛人であったジェニーをものにするが、これはいわゆるエディプスコンプレックスの物語でもある。

キーアイテムとして登場する大天使ミカエルのメダルであるが、ミカエルが天国から悪魔を追い払った天使であることを考えると、アムステルダムがビルを追い払う運命を暗示しているように思う。また、デッド・ラビッツは、戦いに挑む時に死んだウサギを掲げるが、これは、動物の血を流す生贄の儀式であり、命を生み出した神にその命を捧げることで神の恵みを請うものとなっている。映画の中に様々なキリスト教的要素が入っており、読み解く楽しさを与えてくれる。本作は、タクシードライバーでも有名なマーティン・スコセッシ監督作品であるが、ずっしりとした良い映画だった。

ラストにニューヨークの移り変わりを一定角度からとらえた映像はとても印象的だった。そして、最後のツインタワーも。










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