文明崩壊 (上) – ジャレド・ダイアモンド (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 6 分

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
ジャレド・ダイアモンド
草思社

イースター島やマヤ文明など、消えた文明が辿った運命とは。繁栄が環境に与える負荷の恐るべき結末を歴史的事例で検証し文明存続の道を探る。全米ベストセラー。

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書評・レビュー・感想

2000年に発売された著者の「銃・病原菌・鉄」に引き続き、世界中でベストセラーになったのが2005年に発売された本書である。
上巻は、モンタナ、イースター島、ピトケアン島、ヘンダーソン島、北米のアナサジ族、マヤ、ヴァイキング、ノルウェー領グリーンランドなど、過去に繁栄しながら、その後、崩壊してしまった社会について、なぜ崩壊したのか?そしてその過程は?を分析した内容となっている。
この中でも興味を引いたのは、絶海の孤島であるイースター島、ピトケアン島、ヘンダーソン島における社会の崩壊とノルウェー領グリーンランドの社会崩壊である。
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イースター島は、面積163.6km²の太平洋上に浮かぶ火山島である。大きさは八丈島の2.5倍ほど。1722年にオランダ海軍が、この島を発見し、発見した日がイースター(復活祭)だったため、「イースター島」と名前が付いたと言われている。現在は、チリ領で、人口は4,000人ほどである。
調査によると、最盛期には数万人がこの島に暮らしており、亜熱帯性雨林の島だったが、伐採の影響で森林が破壊されつくし、不毛の荒れ地となっていったようだ。乱獲やネズミの捕食により陸鳥が絶滅し、甲殻類もその種類を激減させている。1722年にオランダ海軍が、この島を発見した時には、3メートルを超える樹木が1本もなかった。イースター島は、森林破壊により森林が丸ごと消え、全種類の樹木が絶滅したため、原料の欠乏、野生食料の欠乏、作物生産量の減少という事態に陥った。木材が無くなったことにより、航海用のカヌーが作れなくなり、完全に島は孤立する。
森林破壊の影響はすさまじいものであり、森林が無くなったことにより風雨のよる土壌侵食が起こり、土地がやせ細り、作物生産高の著しい減少となり、飢餓、人口激減、人肉食へと至っていく。イースター島は、孤立状態であったがゆえに、資源の過剰開発によってみずから破滅した社会として非常に明確な事例となっている。
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イースター島から西に2,000kmほど離れたところにピトケアン諸島があり、その中に、ピトケアン島とヘンダーソン島はある。ピトケアン島は、面積4.50km2で、イースター島の1/30以下の大きさの島である。伊豆諸島の青ヶ島(5.97km²)より小さい島である。15世紀頃までポリネシア人が住んでおり、その後スペイン人によって発見されるまでは無人島であった。バウンティ号の反乱以来、その子孫が住み着いていて、人口は約50人で現在はイギリス領となっている。
この島の社会も、島の資源では支えきれない人口にまで増加したことが影響して森林伐採が激しくなり、それによる土壌侵食、生産高の減少、飢餓という連鎖が発生し、1790年にバウンティ号の反乱者がこの島に到達した時には、島民たちは絶滅していた。
ピトケアン島は、約200km離れたヘンダーソン島、約550km離れたマンガレバ島と海上交易を行っていた。南東ポリネシアでは居住に適した島はこの3島しかなく、あとの島には定住者はいなかった。マンガレバ島は人口数千人、ピトケアン島は100人前後、ヘンダーソン島は数十人という規模だったと予想されている。この3島のうち、マンガレバ島のみギリギリ島民が生き残り、残りの2島は絶滅している。理由は、最大の人口を誇っていたマンガレバ島のイースター島と同じような衰退である。マンガレバ島の衰退によって海上交易が行われなくなり、残りの2島は孤立し、絶滅へといたっていく。1797年にヨーロッパ人がマンガレバ島を発見した時、島民が所有していたのは筏だけで、カヌーは一艘もなかった。
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グリーンランドは、世界最大の島で島のほとんどが氷で覆われた場所であるが、西暦1000年頃から15世紀のある時点までの約500年間、スカンディナヴィア人が大聖堂と教会を建て、家畜を飼って文明を築いていた。しかしながら、この社会は崩壊し、ノルウェー領グリーンランドの住民(スカンディナヴィア人)は絶滅している。
イースター島やピトケアン島と異なり、ヨーロッパのある程度のレベルの文化を持つ人々の社会が崩壊した事例であり、非常に興味深かった。当時の人口は約5,000人ほどだったと考えられているが、不思議なことに彼らは魚をほとんど食べなかったそうである。農業以外には、アザラシとトナカイを狩猟していたことがわかっている。15世紀初頭の気候変動によりグリーンランドとノルウェーを結ぶ海路が氷で覆わたことにより交易が途絶えた。しかしながら、ノルウェー領グリーンランドの人たちは、イヌイットと交易を行うことがなかったため孤立し、環境破壊やイヌイットとの争いなどによって自滅していったと考えられている。考古学的には最後の住民たちは、飢えて凍えた状態で死んでいったとのこと。ただし、イヌイットはその後もグリーンランドで生き残って生活しているので、グリーンランドの環境が絶滅させたというよりは、ノルウェー領グリーンランドの人たちの選択がそうさせたのだろうと思わされた。
数年前に放送されたNHKスペシャル「日本人イヌイット 北極圏に生きる」では、グリーンランドのシオラパルク村に移住した日本人(オオシマさん)がそこでイヌイットとして生活している様子が映されていたが、非常に見応えがあった。グリーンランドではスカンディナヴィア人は絶滅したが、イヌイットは生き残った。そのイヌイットの生活がよくわかる。
植村直己の「極北に駆ける」ではそのイヌイットでの生活を読むことができる。

極北に駆ける (文春文庫)
植村 直己
文藝春秋

エベレストをはじめ五大陸最高峰を制覇した男の次の夢は、犬ぞりによる南極大陸横断だった。新たな目標を胸に、彼は地球最北端のイヌイットの村へと極地トレーニングに向かう。極寒の過酷な環境と、そこに住む人びととの暖かい交流。そして覚えたての犬ぞりを駆って、ひとり三千キロの氷原を走った冒険の記録。

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