下天は夢か 信長私記 – 津本 陽 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

信長私記―下天は夢か
津本 陽
日本経済新聞社

信長の性格の特徴は、攻撃性と猜疑心の二つである。織田家の祖先は、越前国丹生群織田荘の荘官であったといわれる。織田氏は、越前と尾張の二カ国の守護職であった斯波氏の家老であった。斯波氏は、室町幕府の管領職で副将軍格であった。その頃、家老は、織田と朝倉の2名であった。応仁の乱のとき、斯波氏が東軍細川方につき、朝倉は西軍山名方に寝返った。その功により斯波氏に変わり朝倉氏は越前守護職になる。斯波氏は、やむなく織田氏と共に尾張にきた。織田と朝倉の因縁はこのときからである。織田氏は尾張にきて、上四群下四群五十六万石を支配する。

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書評・レビュー・感想

当時、日本の全人口は、約千数百万人ほど。ポルトガル、スペインは、両方とも150万人ほど。ロンドンの人口は5,6万人、パリでも十数万人だった。ローマ法王庁が絶対的な権力を握り、魔女裁判だ荒れ狂っていた時代だった。
ちょうどNHKの大河ドラマの「利家とまつ」で信長が本能寺で殺されたのがこの本を読んだ1週間前であったので、自分の中で補助知識などを広げるのに役に立った。信長のことは日本人は結構知っているが、織田氏のこと、また戦国時代のヨーロッパの現状などはかなり認知度としては低くなると思う。知識レベルとして薄いのではないだろうか。その点、本書はそのあたりの情報をかなり網羅しているので、そういう情報がほしいという方にはお勧めだ。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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