江戸時代のロビンソン―七つの漂流譚 – 岩尾 龍太郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 7 分

大黒屋光太夫、土佐の長平、尾張の重吉―鎖国下の江戸時代に不慮の海難事故に遭って漂流しながら、旺盛な生命力で、奇跡の生還を果たした船乗りたちがいる。『ロビンソン・クルーソー』研究で知られる著者が、彼らの肉声をもとにした詳細な記録を読み解き、それら漂流譚から七人を選んで、江戸時代の漂流者たちの壮絶なサバイバル物語と異文化体験を紹介する。

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書評・レビュー・感想

最近は、離島・孤島物や、漂流記にはまっているので、江戸時代の漂流記を集めた本書を読んだ。本書では、無人島でサバイバルして帰還するパターン(ロビンソン・クルーソー型)と異文化(異国)へ漂流して帰還するパターン(ガリヴァー型)に分けて分析していて非常にわかりやすく読みやすかった。
ロビンソン・クルーソーもガリヴァーも小説であり、実話ではないが、ロビンソン・クルーソーに関しては実在のモデルが存在する。4年4ヶ月もの間、無人島で生活したスコットランドのアレキサンダー・セルカークがそれである。
本書でも述べられているが、漂流記というのは、様々な条件が整わないと成り立たないものである。まず、漂流して帰還するという条件や、漂流に耐えうる造船技術、漂流するような外洋航行技術の未発達な状況などの近代以前の時代性などである。つまりある歴史的段階においてのみ成立するということである。それが江戸時代であった。日本の無人島漂流記のほとんどは、伊豆諸島の鳥島に関することになる。
本書では、鳥島での漂流パターンを6つ紹介している。どれもアホウドリのおかげで長年の無人島生活を支えている。不毛な無人島でも長期間サバイバルを続けることができ、漂流記を生む島に鳥島がなる理由でもある。鳥島にアホウドリがいなければ、本書に登場する漂流者はすべて無数の行方不明者と同じ運命になっていたと思われる。
 1.1696年 志布志船の漂流 (鳥島滞在79日)
 2.1719年 遠州新居船の漂流 (鳥島滞在約20年)
 3.1738年 江戸宮本善八船の漂流 (鳥島滞在数日)
 4.1785年 土佐儀七船・長平の漂流 (鳥島滞在約12年)
 5.1788年 大阪肥前船の漂流 (鳥島滞在約9年)
 6.1790年 志布志船住吉丸の漂流 (鳥島滞在約7年)
面白いのは、1は単独での帰還であったが、2と3、4と5と6は、鳥島で漂流者同士として出会い、一緒に帰還していることである。2の遠州新居船の漂流から生き残った3人は、鳥島で20年もサバイバル生活をしており、3の江戸宮本善八船が漂着しなければ、だれにも知られずに鳥島で朽ちただろうことを考えると感慨深い。4の土佐儀七船の生き残りである長平は、無人島長平としても有名であり、5の大阪肥前船が漂着するまでの1年以上は他の漂流者を無くして1人で鳥島でサバイバルしていた。またその時に、2と3の漂流者たちが50年前に鳥島に残したものやメッセージなどを発見していて、運命の不思議さを感じた。
上記がロビンソン・クルーソー型の無人島漂流記であるが、ガリヴァー型は、異国漂着記である。
ロシアに流れ着いた大黒屋光太夫やバタン諸島に流れ着いた大野村の人たち、ボルネオに漂着した孫太郎、北米のサンタバーバラに漂着した重吉の物語がまとめられている。
北方系へ漂着した大黒屋光太夫や重吉の場合は、当時の時代性もあり、日本との通商や交易のきっかけに使うために帰還させてもらっているが、南方系のバタンやボルネオに漂着したケースでは、現地人の奴隷となり、そこから逃れ、必死になって帰還してきているという違いがあった。
バタン諸島は、フィリピンのルソン島の北側であり、台湾の南側に位置している。
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ボルネオは、世界で3番目に面積の大きい島であり、孫太郎は現在のインドネシア領である南部の方に漂着したらしい。
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ボルネオでは、首狩り族の家で生首がいくつか飾ってあったり、孫太郎自身の首も売首されそうになったりとかなり悲惨な状況から日本に帰還している。無人島のサバイバルとは異なるが、まさにサバイバルである。
ロビンソン漂流記やガリバー旅行記も再度読んでみたくなった。

日本の漂流を扱った作品もたくさんある。

江戸・天明年間、シケに遭って黒潮に乗ってしまった男たちは、不気味な沈黙をたもつ絶海の火山島に漂着した。水も湧かず、生活の手段とてない無人の島で、仲間の男たちは次次と倒れて行ったが、土佐の船乗り長平はただひとり生き残って、12年に及ぶ苦闘の末、ついに生還する。その生存の秘密と、壮絶な生きざまを巨細に描いて圧倒的感動を呼ぶ、長編ドキュメンタリー小説。

読んだ講釈が幕府の逆鱗に触れ、種子島に流された大坂の講釈師瑞龍。島での余生に絶望した瑞龍は、流人仲間と脱島を決行する。丸木舟で大海を漂流すること十五日、瑞龍ら四人が流れついた先は何と中国だった。破船した漂流民と身分を偽り、四人は長崎に送り返される。苦難の果て、島抜けは見事に成功したかに思えたが…。表題中篇をはじめ、「欠けた椀」「梅の刺青」の三篇を収録。

鎖国下の1782年,廻船・神昌丸が駿河湾沖で遭難,乗員らは漂着先のアリューシャン列島からシベリアへ渡った.立ちはだかる言語の壁,異文化体験の衝撃,帰国を阻むロシア側の思惑….帝都ペテルブルグでついにエカテリーナ2世への直訴を果たし,10年ぶりに帰国した船頭・光太夫らの数奇な漂流・漂泊の軌跡を新史料をまじえて描く。

嘉永三年、十三歳の彦太郎(のちの彦蔵)は船乗りとして初航海で破船漂流する。アメリカ船に救助された彦蔵らは、鎖国政策により帰国を阻まれ、やむなく渡米する。多くの米国人の知己を得た彦蔵は、洗礼を受け米国に帰化。そして遂に通訳として九年ぶりに故国に帰還し、日米外交の前線に立つ―。

江戸時代、なかば。仙台を出航した伊勢丸は突風に流される。渇きと飢えと闘いながらの百日間の漂流。その果てに、はるかな南国の島に漂着した。若き水夫・孫太郎の冒険が始まった。灼熱の太陽。奴隷の日々。殺戮と恋。力尽きて死んでいく仲間たち。望郷の念。島から島へと流転を続けながら成長していく孫太郎の青春。著者が新しい地平をめざした長編時代冒険小説。

難風
難風

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安部 龍太郎
講談社

かってはあれほど華やかに見えた江戸の町が、小さな箱庭のような気がすることに伝吉は自信を取り戻した。大名たちがいかに威張っていようとも、所詮はこの狭い島国でしか通用しないのだ。10年の間アメリカや清国で修行を積み、見聞を広めてきたこの俺の、足もとにも及ぶまい。……伝吉は訳の分からない感情に苛立ち、半ば自棄になって外出をくり返した。馬の鞍にユニオンジャックの旗をかかげ、フロックコートに山高帽子という出立ちで東海道を闊歩した。尊皇攘夷の嵐が吹き荒れている最中だけに、道行く者たちの視線は険しく、命の危険を感じることもしばしばだったが、伝吉はひるまなかった。栄力丸で遭難し、53日間もの漂流を生き抜いた身である。

非常に面白い作品だった。

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