★★★★★[映画] 時計じかけのオレンジ – A Clockwork Orange (レビュー・感想・解説・ネタバレ)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

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喧嘩、盗み、歌、タップ・ダンス、暴力。山高帽とエドワード7世風のファッションに身を包んだ、反逆児アレックス(マルコム・マクドウェル)には、独特な楽しみ方がある。それは他人の悲劇を楽しむ方法である。アンソニー・バージェスの小説を元に、異常なほど残忍なアレックスから洗脳され模範市民のアレックスへ、そして再び残忍な性格に戻っていく彼を、スタンリー・キューブリックが近未来バージョンの映画に仕上げた。忘れられないイメージ、飛び上がらせる旋律、アレックスとその仲間の魅惑的な言葉の数々。キューブリックは世にもショッキングな物語を映像化した。

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レビュー・感想・解説・ネタバレ

完全ネタばれなので、映画未視聴の方は、決して読まないように。

1971年に公開されたニューシネマのひとつ。ニューシネマの代表作「俺たちに明日はない」からさらに暴力、セックス、陶酔が増幅されている。先日、本作と同じスタンリー・キューブリックが監督した「フルメタルジャケット」を観たが、あっちより本作の方が良かった。

この作品も時代性とセットにして考えないと評価を間違えると思う。暴力、セックス、麻薬といった反社会的なものが嫌いな人がまったく評価しない傾向にあるが、1970年前後のカウンターカルチャーの時代にはアレックスは、若者のヒーロー像に映っていたし、彼らのファッションが最先端とされいた。過去の映画を時代性を無視してみるとひどいことになる典型かと思う。

1962年に発表された原作があり、その当時から10年後程度の近未来を描いたとされるが、ある意味、予言的な作品でもある。ここで起こっていることは現代に通じるからである。

二度と観たくないという人も結構いるらしいが、主人公のアレックスは、自分も含めて、すべての人にあてはまる理性という抑圧がなくなった自己像でもある。そういう自分がいること認めたくないし、信じたくないという気持ちもわからなくはないが、そういうナイーブな人にはニューシネマが出てくる前の暴力禁止、セックス禁止、麻薬禁止のハッピーエンドしばりの映画だけをみることをおススメしたい。妻をレイプされた作家として出てくる老人がアレックスが浴槽で「雨に唄えば」を唄っているのを聞き、理性がぶっとぶ時の顔と犯罪を起こす前のアレックスの顔がシンクロするのは、彼のようなインテリでさえという意味である。人間の本性として誰にでもアレックス的要素が潜在的にあることを示している。二度と観たくないといっているあなたにも。

そして風刺的な要素も含まれている。読み取れるかどうかは見る人によるが、スタンリー・キューブリックがユダヤ人であり、ルドヴィゴ療法でアレックスを治療する際の映像にナチスの映像が出てくることからも管理国家と自由、国家犯罪と個人犯罪という対比が用いられている。これは、犯罪者をアレックスのように治療する管理社会が行き着く先を予言し、そういった流れを非難しているのだろうと思われる。(当時は、脳に外科的手術を行うことにより精神疾患の治療を行うとされるロボトミーの是非について話題となっていた。)

宗教的な要素もたっぷり入っている。仲間の裏切り(ユダの裏切り)、治療という名の欲望の死(処刑)、両親からの拒絶という精神的苦痛やルドヴィコ治療による肉体的苦痛(受難)、死の前の葡萄酒(最後の晩餐)、ルドヴィコ治療から完治(死からの復活)などなど、ラインダンスをするキリスト像などの小道具もちらほら。

ナッドサットと呼ばれる本作に登場する造語は好みが分かれるかもしれない。

最後に音楽に触れないわけにはいかないが、「ベートーベンの第九」と「雨に唄えば」も使い方によってこんな風になるんだと感心した。

皮肉の聞いたパンチのある作品。おススメ。

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