働きざかりの心理学 – 河合 隼雄 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 4 分

「働くこと=生きること」。責任ある立場にたち、人生の光と影を背負いながら誠実に働くことは、それだけで十分に難しいこと。
働きざかりの世代が直面する見えざる危機を心身両面から探り、解決のヒントを提案します。「つきあいの功罪」「会議と疲れ」「妥協と協調」「男女の迷走」誰もがさけては通れない大切な課題を考えるための心のカルテ。

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書評・レビュー・感想

・ほめることとしかることの実験

グループを3つにわけて、どれもおなじような単純な仕事を与える。第1のグループは、結果のいかんにとわず、よくできたとほめる。第2のグループは、もっとできるほずだと思っていたとしかる。第3のグループは、ほめもしかりもしない。そうして2日目も同じような仕事を与えると、しかった第2のグループが一番よく進歩した。その次にほめた第1のグループ、何もしなかった第3のグループとなった。ところが、これを続けていくと、ほめる第1のグループは進歩の上昇率が高く、しかる第2のグループを抜いてしまう。さいごまで何もしない第3のグループの上昇率は一番よくない。つまり、何もいわないのに比べると、しかってばかりの方がまだましだといえる。この実験結果から、ほめてばかりいると良いと結論するのは早急すぎる。この実験は単純な仕事に対して行ったので、課題の種類によっては、結論が異なるかもしれない。この実験には、ほめたり、しかったりというグループはない。おそらく、「適度にほめ、適度にしかる」のが一番いいということになるだろうが、この適切にということが難しく、困るところである。

・協調と妥協

協調と妥協の差は、協調は、そのことをするまでに苦しみがあるのに対して妥協は、そのことが終わってから苦しみがある点にある。協調というときには、相手の存在だけではなく、自分の存在もいきていなければならない。両方をぶつかりあわせて、どうしようかと考えるところに苦しみがあるが、それを解決したときには新しい局面がひらかれる感じがあり、そこでは、両者がいかされている。ところが、妥協というのは、安易に自分を殺してしまっていることが多い。妥協は、自分が負けることによって勝負がはやくつくが、協調は、未来に向かって、息長くやり抜いていくものなのである。

・いかに老いるか

文明が進むと、どうして老人が不幸になるのか?それは、文明の進歩という考え方が、老人を嫌うからである。文化にあまり変化がないとき、老人は知者として尊敬される。しかし、そこに急激な進歩が生じるとき、老人は、むしろ進歩からとりのこされたものとして、見捨てられてしまう。近代科学は、その急激な進歩によって人間の寿命を延ばすことに貢献しつつ一方では、それを支える進歩の思想によって、老人たちを見捨てようとしている。この諸刃の剣によっておおくの老人が悲劇の中に追いやられている。しかし、若者に負けないように若さを保つことは可能だろうか?人間は必ず死ぬのであって、すべて進行の遅い癌にかかっているようなものである。若者の戦う姿勢を老いてそのまま持ち続けることも弱気になってしまうのもよくない。しかし、そのいずれでもない「死の受け入れ」こそが、老年をより生き生きとしたものとするのではないだろうか。このようにかんがえると、いかにして若さを保つかに努力するよりも、いかにして死を受け入れるかに力を注ぐことが、おいてゆくためには大切であり、その仕事は個人個人が中年から始めていくべきことである。これについては、近代科学は解答を与えてはくれない。

たまに読む心理関係の本ですが、心理学と題名しているわりにはそのあたりの説明は薄いです。ある程度、気休め程度に読んでいるのでべつにいいですが、もう少しアカデミックでもいいかと思いますが、ある程度ターゲットをしぼってそうしているのでしょう。可もなく不可もなくといった感じです。特におすすめする本ではないですね。時間がありあまっていて、他に読む本がなく、たまたま、1冊だけあってそれが本書なら、まあしかたがないといった感じです。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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