台湾紀行 街道をゆく – 司馬 遼太郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

「ふるくは国主なき地」だった台湾は、その後スペイン・オランダ・日本、そして大陸から来た外省人に支配され続けてきた。「奇跡」を経て本島人の国になりつつある変革期の台湾を歩き、「国家」とは何かを考える。

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書評・レビュー・感想

老台北として蔡混蔡氏が登場する。 
・日本統治時代
初代 海軍大将 樺山資紀(薩摩)

反乱に手を焼きながらなんとか1年余りを過ごすも、統治に理想も情熱もなかったので、自ら辞任を申し出る。

2代 陸軍中将 桂太郎(長州)

中央の政界への野心が強く、台北にいながら、東京の政局ばかりをきにしていた。半年未満で辞職。

3代 陸軍中将 乃木希典(長州)

「近来、頓ニ記憶力失到シ・・・・」という理由で、1年余りで辞職。

4代 陸軍大将 児玉源太郎(長州)

1898年〜1906年まで8年間総督を務める。後藤新平、新渡戸稲造などを取りたて、台湾統治の実績を上げる。

台湾にて水利灌漑を行った土木技術者・八田與一
「なんのために工学はあるか?」の問いに、もし工学が唯に人生を煩雑にするのみならば何の意味もない。これによって数日を要するところを数時間の距離に短縮し、1日の労役を1時間に止め、それによって得られた時間で静かに人生を思惟し、反省し、神に帰るの余裕を与えることにならなければ、われらの工学にはまったく意味を見出すことはできない。と答えている(現代日本土木史)
つまり工学は、受益者である世の人達に高度な余裕を生み出させるためにある。という。
台湾旅行の空港での待ち時間で読む。これもかなり知らないことが多くて参考になった。台湾へ行く人はこれも必読でしょう。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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