おかしな二人 – 井上 夢人 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

二人が出会って多くの傑作ミステリーが生まれた。そして十八年後、二人は別れた―。大人気作家・岡嶋二人がどのようにして誕生し、二十八冊の本を世に出していったのか。エピソードもふんだんに盛り込んで、徳さんと著者の喜びから苦悩までを丹念に描いた、渾身の自伝的エッセイ。

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書評・レビュー・感想

岡嶋二人は、井上夢人氏と徳山諄一氏の2人と共同ペンネームである。その岡嶋二人の結成のいきさつから別れの詳細までを井上夢人氏の視点で書かれたエッセイである。
当事者のうちの片方だけの意見であり、もう片方の徳山諄一氏の意見が入っていないので、これが岡嶋二人のすべてとは思わないが、本書の副題は、岡嶋二人盛衰記とあるように、盛と衰の物語である。
読んだ感想は、とても悲しくやるせない。
作品の質ではなく、人間のエゴというもの、価値感の相違というもの、人間が二人いれば存在する葛藤というものの大きさに圧倒される。
さすがは井上夢人だと思わされるほど、読ませる。
本書は井上夢人氏の視点のみのエッセイであるので、自分びいきの面があるのは否めない。それをさしひいても井上氏のいっていることは一部、非常に真っ当ではあるが、個人的には徳山諄一氏の方に感情移入してしまう。
井上氏のいうことも分かる。でも徳山氏の考えていることも痛いほど分かる。
岡嶋二人になる前に共通の友人であるダダと3人で作った会社が行き詰まりに陥ったときに、ダダが二人に言った言葉と、岡嶋二人が行き詰まりに陥ったときに、徳山諄一氏が井上夢人氏に言った言葉が同じだったことにまったく同じではないが、歴史は繰り返すという感慨を強烈に持った。そしてその言葉への回答もともに同じだった。
そしてその言葉を発した人を、岡嶋二人は、井上夢人は、切ることになる。
それを本書では以下のように書かれている。

このダダとのやりとりを、僕は今、不思議な感覚で思い出している。十五年後、これとまったく同じ会話が、僕と徳山の間で繰り返されることになったからだ。

一緒に仕事をやっていたパートナーに対する最終的な態度がこうも似通ってくるというのは人間というものはコアの部分では変わり難く、またおもしろいものだと感じた。
本書を書くことになった時、井上夢人氏は、徳山諄一氏に電話をかけている。

「僕から見た岡嶋二人を書くからさ、徳さんも、徳さん側から見た岡嶋二人というのを書いたら?読んだらきっと、勝手なことを書きやがってと思うだろうからさ」

そして徳山諄一氏の回答はこうだ。

「いや、僕は書かないよ。僕は、そういうのは書かない」

これについても同じ立場に立たされれば、徳山諄一氏の側の気持ちになるだろうと思う。とても悲しくせつない物語だった。
岡嶋二人という作家に興味がない人でも合作や仕事、プライベートともにパートナーとのつきあいについて興味、悩みがある人は読んでみるとなにか参考になることがつかめると思う。
過去に読んだ岡嶋二人作品。
99%の誘拐
クラインの壷
そして扉が閉ざされた
解決まではあと6人―5W1H殺人事件
殺人者志願
コンピュータの熱い罠
どれも良かった。

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