大人失格 – 松尾 スズキ (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

「私は大人だ」今、この日本でいったい何人の大人が、そう胸をはって言い切ることができるだろう。大人らしさとかでなくて。しがらみから独立した「大人」という素朴な生き物になること。私がもくろむのはそれだ。話題の劇作家が、「子供失格」だった人から「大人と呼ばれたい」人々までに贈る爆笑エッセイ。

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書評・レビュー・感想

都会の生活は田舎と違って、人と人との距離を必要以上にとることによって成立している部分が多々ある。動物にはそれぞれ「それ以上他人に近づかれたら不愉快ですよ」という距離が決まっている。
都会では、狭い所にギュウギュウ住んでいるため、その物理的な距離を保とうとする本能はあらかじめ壊されている感がある。でその代償として心の距離、つまり精神的距離ばかりが肥大し、へたなヤジロベエ状態となった本能はバランスをとっているのだと思う。
そのバランスが、何かのきっかけで壊れてしまったとき、人は恐るべき距離のテロリストとして我々の境界線を踏み越える。いきなり世間話等の武器によって、こちら側のテリトリーを無意識に破壊するのである。
著者は過剰な物語性と不条理な笑い、特異なキャラクターが特徴である劇団「大人計画」の主宰である。これを読み進めていくうちに感じたことは、劇団「第三舞台」の主宰である鴻上尚史氏のエッセイである「ドン・キホーテ○○○」に似ているということだ。
劇作家とは似たようなことを考えているんだなあと思った。演劇において日常における出来事でおもしろそうなところを拡大して客に見せるということがあるが、その視点がエッセイにもあるように感じる。
内容的に合致する部分はそれほどないが、ニュアンスというか言葉の選び方が似ている気がする。片方がすきな人は、もう片方もおもしろいと思うのではと思う。ですので、片方がすきな方へ。お勧め。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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