オニババ化する女たち – 三砂 ちづる (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

多くの女性は今、あまり意識していないと思いますが、女として生まれてきたのですから、女としての性を生きたい、という、からだの意思があります。その意思を無視していると、あちこちに弊害が出てくるのではないでしょうか?
女性の身体のもつエネルギーを過小評価しないほうが良いと思います。女性は子供を産み、次の世代を継いでいく力を持った存在で、生物としてはそれを目的として生まれてきているわけですから、その力を使わずにいると、多くのエネルギーが行き場を失ってしまうことでしょう。
また、たとえ性経験や出産経験が豊富にあっても、それが本当にからだに向き合うような経験になっていないと、そのようなエネルギーはほんとうに満たされたとはいえないのです。女性の身体について、思春期、月経、性、出産という、もっとも本質的なことについて、再考してみたいと思います。

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書評・レビュー・感想

反フェミニズムといってもいいのではないでしょうか。
女性が男性社会に対して社会リソースの配分をよこせというのがフェミニズムであるとすれば、本書ではそんな社会リソースより重要なことがあり、それを取り戻すことが女性性にとっては満たされると説く。簡単にいえば、女性はもっとSEXをしろ。と説いている。
そしてそうしないと・・・というところも解説してある。なかなかとがったいい本だと思う。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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