以下、無用のことながら – 司馬 遼太郎 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

折にふれて書かれた膨大な量のエッセイから厳選した71編。
森羅万象への深い知見、弔文に流れ出す人間存在へのあるれるような愛情と尊敬。
日本人の高潔さと美しさを見つめた視線の先には何があったのか。
この作家の豊穣な世界に、あらためて酔う一冊

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書評・レビュー・感想

「弔辞」

弔辞などというものは、生ける者のオゴリであります。先生が世におられる、おられないというのは、仮のことであって、空という絶対の場では、先生と私どもは、同じ場所にいて、なんのちがいもないということであります。たった一つ、会えない、という小さなこと、こればかりは、どうするわけにも参りませぬ。しかし、先生はここにおられます。あまねく満ち満ちておられます。その先生に向かって独り言を申し上げます。それが言うなれば、弔辞であります。

本書には、さまざまなエッセイが含まれているが、ある人への弔辞も複数あった。
私にはこれが非常に感動的に感じられた。
弔辞というものをまだ自分自身が読むという経験をしていないが、こういうふうに読めたら鬼籍に入られる方もいいだろうなあと思ってしまった。エモーショナルな中に筋が通っているそんな印象を受けた文章でした。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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