外様大名40家―「負け組」の処世術 – 榎本 秋 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

関ヶ原の戦いに前後して、徳川支配下に入った戦国大名は、その後「外様」大名として生き抜く道を選択した。彼らはたびたび取り潰しや国替えの危機にさらされたが、たとえば前田家は将軍家との婚姻政策に奔走し、津軽家は藩士1000人の大リストラを断行、また相馬家は「子ども手当」で人口を増やそうとすることで乗り切る。こうして幕府の理不尽な要求に耐え抜き、密かに国力を蓄えた一部の元・戦国大名家のエネルギーが、明治維新で爆発し、日本近代化の礎となったのだ。外様大名40家、哀切と雌伏の江戸250年史。

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書評・レビュー・感想

江戸時代の外様大名をとりあげ、戦国期から江戸時代へ移り変わる中でどのように生き残り策を講じ、どう生き残ってきたのかが書かれている。やはり江戸時代の大名統制の根幹といえば、武家諸法度であるが、参勤交代、御手伝普請などによって大名家の財政を逼迫させ、ほとんどの大名がどこかの時点で財政改革をしなければ財政が破たんしてしまうまでに追い込んでいる。
多くの藩が、財政を立て直すための藩政改革では、有力家臣の所領を召し上げたり、農地改革を行ったり、特産物の専売制度をつくったり、商人から借金をしたりとありとあらゆることをしている。すべての藩が恐れるのが、改易と減封であるが、それを予防するための婚姻を推し進めたり、さまざまな工作を行ったり、とても涙ぐましい努力をしている。
40家もの外様大名を取り上げているので、1つ1つの大名家の詳細については正直なところ薄くはなっているが、外様大名という「負け組」のくくりで1冊にするにはちょうど良かったのかもしれない。よく知られている藩もあるが、数万石程度であまり知られていない藩もあり、歴史的事実としてそういうことがあったのかと勉強になる部分もあった。
あの戦国武将のあの家がこうやって明治まで生き残ったのか・・・と思うものもあると思う。深堀りする本ではないので人によってはあっさりとして印象を受けるかもしれないが、個人的にはなかなか切り口が良かったように思う。

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