はじめての夜 二度目の夜 最後の夜 – 村上 龍 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

東京で活躍する作家・ヤザキはある夜、中学時代の同級生・アオキミチコからの電話を受ける。初恋の女性だった。懐かしく切ない声に、ヤザキは失われた黄金時代を思い、ハウステンボス内にある唯一無比のフレンチレストラン「エリタージュ」での再会を約束する。
そして、二十年という時間をへて、「はじめての夜」がやってきた。
年月と共に初恋は消滅したのか、それとも・・・・

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書評・レビュー・感想

約200ページと薄いので90分程度で読めてしまう。
主人公のヤザキは中学時代が黄金時代だという。
その理由が、殴られようが、女子から最低だと言われようが、十三歳、十四歳頃の男は楽しければそれでいいと思っていて、十二歳から十五歳頃までが男にとって唯一、女のために生きなくて済む時期だからだと。
それ以前は母親に支配され、それ以降はいい女に支配される。
確かにそうかも知れない。そんな時もあったなあと思う。
本書の舞台の多くがレストランであるためいろいろな料理がでてくる。
そして章のはじめにその料理を説明が織り込まれている。これがなかなか雰囲気を感じさせてくれる。はじめはキザっぽいなあと思っていたが、そうでもなかった。本書の中で男の「欲情」について語る部分があるが、そうだそうだとうなづきながら読んでしまった。

誰かに対して性的な欲求を持つ時、必ず残酷な気分になってしまう。本来弱々しい女性に対して動物的な気持ちになるということではない。相当変わった性癖の持ち主でもない限り、プリマドンナやオペラ歌手には欲情しないものだ。綺麗だなあと、アンティックの器を眺めるように鑑賞してしまうのだ。あまりに美しいものに対して、元気や勇気を得ることはできても欲情はしない。それはオスの習性である。
欲情するためには、自分の中の攻撃本能が働かなくてはならない。幼い頃から一緒に暮らしていると、親愛感が勝って、攻撃の本能が働かず、欲情しない。それが人間を含めたすべての動物の近親相姦を防ぐのだ。本当に美しいもの、プライドが輝いて見えるものに対して攻撃本能は姿を隠してしまう。
ストリッパーに欲情するのは、裸を見るからではなく、恥を捨てる女に対して軽蔑が生じそれが攻撃の本能を呼び起こすためだ。ストリッパーほど露骨ではないが、女性があるシグナルを無自覚で出すことがある。それは、香水の匂いだったり、目つきだったり、ちょっとした言葉だったりするが、プライドの一角が崩れて恥が姿を現す兆候なのだ。もちろんそれは、あなたとセックスしたいという直接的な合図ではないし、ガードがゆるくなるというような俗っぽい概念でもない。メスとしての属性がほんの少し姿を現す、ということだ。

考えてみると私の場合もそうだ。
何かに欲情するときはたいてい攻撃本能が刺激されている。
人はよく原因と結果をそっくり間違えるというが、欲情すると攻撃本能が刺激されるのではなく、攻撃本能が刺激されるので欲情するのだ。これはすばらしい知見である。
2時間程度時間があって本でも読もうかなあという方へお勧め。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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