ある異常体験者の偏見 – 山本 七平 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

「強大な武器を持っていた日本がなぜ中国に敗れたのか。それは偶然に負けたのではなく、負けるべくして負けたのである…」この発言にショックを覚えた著者が展開する一大論争。みずからの異常体験をもとに論理術のかぎりを尽して、日本人を条理に合う人間と合わない人間に峻別すべきことを緻密に証明してみせてくれる。文芸春秋読者賞受賞。

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書評・レビュー・感想

扇動には3つの詐術が組み合わされている。
1.編集の詐術

事実を示し、さらに次に事実を示す。
その事実と事実の間を事実でつなく。
これが「事実に基づくトリック」である。
なぜなら、その事実がある一方的な観点からのみ集められた事実であると
非常に偏った内容になるからである。
一定方向に編集された事実が編集の詐術である。

2.問いかけの詐術

問いかけの原則とは、
「自分に理解不能のことをだれかに質問すること」である。
しかし、問いかけの詐術の実体は、問いかけではなく
わざと結論をいわないことによって、聴衆の判定の規則を誘発する方法
なのである。
この問いかけは質問ではない。
「1という事実があります。」「さらに1という事実があります。」
「1+1ではないでしょうか?」という言い方をする。
これが詐術である。
聴衆は内心では「2だ」とする。
ところがこの場合、2以外の答えは出ない。
しかし聴衆は、「自分で、自分の自由意志で判断して結論を出した」と錯覚する。
そして、錯覚を見届けてから「さらに+1ではないでしょうか」と問い掛ける。
このようにして「さらにこの事実があります」「さらにこういう事実があります」
と「+1、+1」という言い方をし、
「たとえ、一方的なように見えても事実をただのべていくと、そういう結果が、
 出てきてしまうのは当然ではないでしょうか」といってトータルを相手に確認させる。

3.一体感の詐術

第三者は、演説をただ聞いているだけだから、ただ聞いているだけでは何のエネルギー
も起こらない。
1と2で、自分で判断し、自分で結論をだしたかのような錯覚を抱かせた上で、
何も被害を受けていない安全地帯の第三者なのに、あたかも被害を受けているかのように
思い込ませ、被害者の視点に立たせる。
そのようにして集団的ヒステリー的一体感を極限までもりあげ、そこでじらしにじらした
事実をつきつける。
ここで扇動は完了し、群集は自分の意志で行動し、扇動者は身を隠す。

視点がラディカルで、物事を本質的に考えるためにいい。
著者はラディカルな出版人であり、サービス精神が旺盛な人である。
そのため、ことの本質をわかりやすく、具体例をだして説明している。
こういう本は非常に知的好奇心が刺激され、楽しんで読み込める。
最近、こういう本が少なくなってきている。
読みやすさが優先されて、中身が少ないものが多いが、本書は、中身が濃いのに、読みやすい。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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