夏の情婦 – 佐藤 正午 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

<さよなら。もう電話しないわ>
夏の終わりに女が言った。
季節がいつのまにか訪れ、静かに去っていくように、その夏たやすく手に入った恋も塾での仕事も、気だるい厚さの中を通り過ぎていった。

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書評・レビュー・感想

この本を読んだあとに、極楽とんぼの山本の事件がフライデーに載っているのをコンビ二で発見した。
本書の中の「傘をさがす」に似ている気がしてデジャブ感が少しあった。
だからといってどうということもないけど、まあ追加情報として。
追加といっても別の元の情報などほとんどないんですけどね。
佐藤作品に登場する主人公はたいてい女の感情を構造的に見誤るのか?
そもそもそういう問い自体が佐藤作品を構造的に見誤る原因なのか?
佐藤正午について考える時、不思議にそう思うことがある。
なぜ佐藤作品が爆発的に売れたりしないのか?
まあこの答えがわかれば、著者も出版社も苦労はしないと思いますが。
本書に登場する主人公たちも女の感情を的確に見誤る。
だからこそ問題が惹起され、それに対する物語が生み出されるのだけど。
その見誤り方を探しながら読むのもまた面白いと思う。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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