永遠の1/2 – 佐藤 正午 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

「階段を一歩一歩のぼるほど甘くないと思っている。
 下りのエスカレーターをのぼっているんだ。」
沈黙した女は秒きざみでずるくなる。
たしかそんな一行が、おとつい読んだハードボイルドの中になった気がする。
妻に逃げられた探偵の独り言だったか、ドラッグストアの店員の観察だったか、それともそのどちらでもなかったか。
男には二通りある。
お嬢さんを僕にくださいと頭をさげるか、娘を傷物にした責任を取れと親に詰め寄られるかだ、という何処かで読んだか誰かが酒の席で言ったかした文句が浮かんだ。
別れ話はコーヒーを飲みながらすべきではない。
殊に女の方から別れたがっている場合、喫茶店という場所は男に絶対的に不利である。女を押し倒せないから。
奥の手がそして唯一の手が使えない男は黙って失恋するしかない。

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書評・レビュー・感想

佐藤正午が好きだとなんどかここに書いたと思うが、実は彼の処女作は読んでいなかった。読んでわかったこととしてやはり原点はここにある。
もちろん主人公は東大などでてやしないし、一流会社にも勤務していない、どちらかといえば世間ではマイナスのレッテルを貼られている部類に入る人間である。
そしてそこにヤクザや暴走族などのはぐれ者を対象にする場合によくあるマイナスのポジショニングをわざと強調し、利用したいやらしさがない。
男が好きなドンパチ型ではなく、女性が好きな日常の積み上げ型である。そして僕が大嫌いな思わせぶりな、小説の主人公の口から著者の訴えたいことを言わせようとするような違和感もない。佐藤正午の作品に一貫して流れているのは、言いたいこと、訴えたいことなんかはない。だが、表現したいことはたくさんある。ということではないだろうか、本書は長編小説であるが、最初から最後まで安定した力強いが無理をしない走りですっと突き抜けている。
問いの立て方も面白いと思った。仮にある投手が内角高めにストレートを投げたとする。普通のインタビューアーは「なぜあそこでストレートを投げたんですか?」と問う。しかし佐藤正午の場合は「なぜあそこでカーブを投げなかったんですか?」または「なぜ投げる前に一球牽制球を投げなかったんですか?」と問う。僕にはそのあたりが心地よかった。
題名については読めばフルマラソンでいえば2km地点ぐらいで気付くでしょう。
佐藤正午ここにあり!
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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