「分かりやすい表現」の技術 – 藤沢 晃治 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 7 分

マニュアルはなぜ分かりにくいのか?右か左か迷わせる交通標識。庶民には理解不能な法律条文。初心者にはチンプンカンプンのマニュアル。何が言いたいのか分からない上司の話…。世の中にあふれる「分かりにくい表現」の犯人をつきとめ、すっと分かってもらえる「情報発信のルール」を考える。

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書評・レビュー・感想

「分かった」と思うのは、抽象化によって一つの共通グループを形成したり、またはすでに形成済みのグループに新しい事柄を所属させる、つまり整理棚の一区画にしまい終え、安心できたときです。その時「分かった」「納得した」と感じるのです。
・「親切心の欠如」

「分かる」ためには、情報が脳内の整理棚に入れることだと言いました。情報の受け手は、受けた情報を自分で整理して、整理棚にしまいます。「分かる」ためには、この情報整理という作業をしなければなりません。
問題は誰がこの作業を負担するかです。「送り手」対「受け手」の比率を8対2にするのか、5対5にするのか、あるいは、3対7にするのかによって、その表現に「親切」と「不親切」すなわち「分かりやすい表現」と「分かりにくい表現」の差が出てくるのです。
あらかじめある程度整理されて送られてくる情報は、分類して整理棚にしまうスピードも速くなります。それだけ「分かりやすい」ということです。親切な情報発信とは、受け手がしなければならない情報整理という作業をできるだけ送り手が代行してくれることです。その分だけ、受け手の作業量が減って楽になるのです。この気配りこそ「親切心」なのです。
情報をカレーにたとえてみましょう。情報の受け手はカレーを食べたい人です。親切心のある情報の送り手なら、調理して皿に盛りつけたカレーを差し出して「どうぞ、お召し上がり下さい」と言います。
一方、不親切な情報の送り手は、じゃがいも、肉、人参、ルーなどを机の上に放り投げ、「食いたきゃ、自分で料理して食え。材料は全部そろってるだろ?」と言います。「分かりやすい表現」と「分かりにくい表現」の違いは、この差なのです。

・「自分が知っていることは誰でも知っているはずという幼稚な前提」

自分が使おうとする言葉が、一般用語か、それとも特定集団だけに通用する特殊用語かを瞬時に判別するのは、なかなか困難です。さらに、特殊用語なら、聞き手が理解できる同じ意味の一般用語に置きかえるという作業をさりげなくできる人は、表現の達人です。
凡人は、自分の心の中に浮かんだ言いたいことを、ただそのまま声に出すことで精一杯です。幼児はよく「さっきね、さっちゃんがね、わたちのクマちゃんを持っていっちゃったの」などと言います。聞き手が「さっちゃん」という人物を知っているかどうかなどには配慮できません。自分が知っている「さっちゃん」は、誰もが絶対知っている「さっちゃん」なのです。
自分の立っている視点から見える世界を、すべての人が共有している世界だと信じて疑わないのです。もちろん、自分たちの特定集団だけに分かる特殊用語を、ついつい集団外の聞き手にも使ってしまうことは誰にでもあります。これは万人が陥りやすい落とし穴です。
パソコンマニュアルが分かりにくい原因の1つにも、書き手だけがわかっている特殊用語、専門用語の乱用があります。専門バカと呼ばれる人種の書き手に「さっちゃん」の幼児と同じ心理が、働いているのです。「自分が知っていることは、誰でも知っているはず」という幼稚な前提から逃れられないのです。

・「あいまいな表現」

複数の解釈ができる表現は分かりづらいのです。
  1.あの方は小児科医の田中さんの息子さんです。
  2.あの方は小児科医で、田中さんの息子さんです。
  
1では、小児科医が田中さんその人なのか、田中さんの息子さんなのかがあいまいです。複数解釈できるためにあいまいで「分かりにくい」のです。そしてちょっとした工夫で複数解釈できないようにしているのが2です。「分かりやすい」とは「分けやすい」ことであり、「分かりにくい」とは「分けにくい」ことです。コンマを打つことで明確に分けることによって複数解釈がなくなり、分かりやすくなるのです。

・「具体性に欠ける」

よく「抽象的で分からない」とか「分かりにくいので、もう少し具体的に言ってもらえますか?」などと言います。なぜ、抽象的だと分かりにくく、具体的だと分かりやすいのでしょうか。
抽象的とは、「分類名」で語ることをいい、具体的とは、その分類の「構成要素」で語ることをいいます。たとえば、「動物が好きです」というのが抽象的で、「犬が好きです」というのが具体的です。もっと具体的にすれば、「柴犬が好きです」となります。「動物」は分類名で、「犬」は、その構成要素の1つです。また同様に「犬」を分類名と考えれば、「柴犬」はその構成要素の1つです。つまり抽象的表現が分かりにくい理由は、分類名で語っているため、範囲が特定できないからです。抽象性のわかりにくさとは「範囲の不確定」なのです。

・「共通項でくくらない」

分かりやすい情報発信とは、情報をあらかじめ整理してから送ることです。あるいは、分かりやすいとはすでに持っている情報構造と照らし合わせやすいこととも言えます。そこで、新しい情報があらかじめ整理されて、その構造がひと目で分かるように明示されていれば、区画のラベルとの照合作業が簡単になるわけです。つまり、「分かりやすい」ためには「情報構造の明示」が重要なのです。
情報構造を明示する手法にはいろいろあります。「因数分解」「対比関係の明示」「包含関係の明示」「視覚特性の重視」などです。
因数分解とは、ab+ac=a(b+c)のことです。この式は左辺と比べて右辺の法がすっきりしているのは、右辺のほうが、整理されているからです。情報も因数分解すれば分かりやすくなるのです。情報の因数分解とは「無駄を排除する」という意味で、言い換えると、「情報の構造を極限まで単純化する」ことなのです。
視覚的な「見やすさ」は「わかりやすさ」に直結します。どんなに情報構造を整理、単純化しても、見にくい表現では、当然、分かりにくくなってしまいます。ここでいう見やすさとは「見分けやすさ」です。見分けるとは「グループ分けが見える」ことで「情報構造が明示されていること」と同義です。したがって、見やすくするには、グループ分けがよく見えるように工夫すればよいのです。
同じグループ分けでも、場合分けの場合は、文章で表現するよりも、単純な図解のほうが、視覚効果でわかりやすくなるのです。視覚効果を考慮することは「分かりやすい表現」の重要なポイントです。

分かりにくい表現の原因とは親切心の欠如である。これを見て目から鱗が落ちる気持ちであった。私もこれとどうような感覚を持っていたのですが、その感覚をうまく言語化できていなかったのである。その感覚をうまく表現してくれた著者に感謝感謝である。
様々な事柄がこの1行の分で説明可能ではないだろうか。本質的には「相手の立場に立って考えているか」ということだと思うが、企画を出すにしても、質問するにしても、話を聞くにしても、恋愛するにしても、世の中の数多くの事柄は突き詰めていけばここに帰着するように思うのである。
その意味でそのような本質的な事柄についての説明がうまくなされている本書は、是非とも読んで頂きたい一冊である。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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