個人教授 – 佐藤 正午 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 5 分

個人教授 (角川文庫)
個人教授 (角川文庫)

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佐藤 正午
角川書店

サクラの花がさくころ、新聞記者を休職中のぼくはひとつ年上の女性とある酒場で再会し、一夜をともにする。そして、数ヶ月後、酒場に再び僕が訪れたときに聞いた噂は、二十八歳の彼女は妊娠しているというものだった。しかも彼女は行方不明。父親はぼくなのか?ならばなぜ彼女は妊娠していることを僕に告げないのか?教授、魅力的な夫人、十七歳の少女、風変わりな探偵。悲しみも夢も希望もある人々と巡り会いながら、彼は彼女の行方を追う。

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書評・レビュー・感想

「教授みたいな優しい目をした人間はひとりもいない」
すると、ホテルの入口の照明から暗闇のほうへ一歩、退いて、教授は鼻を鳴らした。ジャケットのポケットから煙草とライターを取り出して点ける。片手をズボンのポケットに突っ込み、片手に持った煙草の火を時折ゆらしながら、教授は最後の短い講義にとりかかった。
私の眼は老人の眼だ。
人に、特に若い女性は私の眼のなかに優しさを読みとる。
私はその点をじゅうぶん心得ている。あるいはそれを利用している。
が、私はけっして優しい人間ではない。
言ってみれば、ただの放蕩者である。
私は何者にも服従しない。何者の指図にも従わない。
しかし四十数年かかって手に入れたものは何一つ無く、一円の財産も築けなかった。
優しさを求める女性たちの間を渡り歩き、与えられた金を博打で増やし、そして失う。
その繰り返しだ。
おとついもきのうも余った金があれば、必ず酔っていたし、あしたもあさってもきっと酔っているだろう。
私に向かって飲むなとは誰もいえないし、誰からも言われたことはない。
私に向かってこう生きろとは誰もいわないし、誰も言おうとしない。
女たちは私の眼を慕って歩み寄り、そして、ある日、無言で背中を向ける。
それが私の習慣となった生活である。
私は立ち去る者の背中を老人の眼で恬淡と眺めるしかない。
なぜなら、あらゆる指図から逃れ、また指図を放棄するということは、人と人との争いの場から降りるという意味に他ならぬからである。
私はひとりぼっちの自由と引き替えに老人の眼を手に入れた。
しかし、むろん君は違う。
君の眼はまだ生きている。
年配の女性に人気があるのが何よりの証拠だ。
彼女たちは自分が失ってしまったものを君の眼のなかにみる。
そして引き寄せられるのだ。
何も迷うことはない。
君が属する世界に戻り、精力的に働くべきである。
働いて、将来のために財産を築き賜え。
泣いている場合ではない。
私は別れ際に強い。
というよりもむしろ、人が私のもとを去っていくことに関して感覚が、麻痺している。だから悲しみは覚えない。
まだ若い眼の人間は、自分の眼が生きていると気づいた人間は、いずれ、私のそばをそしてこの町を離れていく。そういう仕掛けなのだ。
泣いてはいけない。
きみに一つだけ忠告しておこう。
考えるな。
君の手が届かないところまで昇ろうなどと考えるな。
女は不可解である。
他人は不可解である。
不可解な人間に向かって弱音を吐いたところで始まらない。
君が悩もうと、迷おうと、気弱く感じようと勝手だが、自分以外の人間に解き方を尋ねるな。
大学出のプライドなど捨てて、単純に不可解な存在を認めることだ。
手の届かない場所を知ることだ。
決して、二度と、他人に頼るな。
私を、私以外の誰をも、この先教授と呼ぶな。・・・・
以上をもって別れの挨拶に代える。
繰り返すが泣いてはいけない。泣いてはいけない。
顎をあげたまえ。
よろしい。
それでいい。
またいつか会おう。
そういって教授は僕の背中を一突きした。
弾みで二三歩よろけ、眼の前の自動扉が開く。
振り返ると、暗闇の向こうから教授はこちらをじっと見守っていた。
僕はためらわずに中へ歩いた。
扉が閉まる前に、教授がくるりと背中を向けて歩き去るのが見えた。

男の視点で女性の不可解さを小説の中に織り込んでいる。この小説の中で出てくる教授とは、世間一般で言われている教授。つまり大学教授ではない。タイトルにもあるように「教授」というあだ名の主人公の指針である。そして主人公にとってだけの指針であるだけに「個人教授」なのである。舞台となっているある郊外の街は、私が住んでいる街に似ている気がする。といっても日本中の街の中でこのような街は9割以上だろう。そのあたりで親密感、親近感を感じる。
私は個人的にいろんなものを分析するのが好きだ。「君は物事を分析しすぎる。もっと感じる部分を大切にすべきだ。」と忠告を受けても、この発言がなぜ私に対して行われたのか。どういう意図があり・・・などとこの忠告を分析したりするほどだ。その点、この教授が主人公にとっての教授ではあるが、読者としての私の教授でもあると感じる。
「女は不可解である。他人は不可解である。単純に不可解な存在を認めることだ。手の届かない場所を知ることだ。」
この言葉をかみしめなければならないのかもしれない。この言葉を分析することをやめて・・・
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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