なぜ日本人はかくも幼稚になったのか 4 日本の決断 – 福田 和也 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

「戦争が終わってからこの方、五十年間の「日本人の歩み」「生き方」「価値観」の総合的な結論として、現在の危機が発生した。つまり戦後の帰結がこの破綻なのです。武士としての自覚と責任をもって決断することしか、この閉塞を打開する道はないのです」という著者の、平成大不況、社会システムの崩壊、家族・国家の喪失…に瀕している日本を救うための覚悟ある提言。
戦後民主主義には「決断」と「責任」が欠如している。戦後民主主義は、よく学級会民主主義といわれるように、みんな仲良く全員一致を優先するものですね。だれも反対しないように、意見をまとめる。突出した存在をみとめないで、根回しを重ねて、みんなで事態を進展させる。そこには、「決断」と「責任」が徹底的に欠けているのです。
元来、日本社会には、コメ共同体を支える農民とは別の階層がありました。武士です。武士の役割は、戦うこととされていますが、さらに大事なものがありました。責任をとることです。
一定の立場にある武士は、その支配下で不祥事が起こったり、自らの決断、判断が誤った時には、四の五を言わず、さっさと切腹する。武士が切腹することで、コメ共同体は責任体系を貫通することができたのです。「葉隠」がいう「武士道とは死ぬ事と見つけたり」という言葉は、サムライの商売は責任をとることだという意味なのです。そして、当然のことながら、この死をかけた責任は、武士が下すべき決断に伴ってくるのです。

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書評・レビュー・感想

あいかわらずのおもしろさ。
著者は「決断さえすれば、日本は立ち直る」と。
そして「日本人は他国の人間ではなく自分達で日本を救うことができる」と。
日本のおける武士の位置付けも非常に納得。
コメ共同体が大きな欠陥がある。それは農民のリーダーが責任をとらないという欠陥が。それを補うために武士がある。似非「決断」「責任」が蔓延する中での数々の提言は一読以上をすべきだと感じる。
以下は、シリーズ一覧。
なぜ日本人はかくも幼稚になったのか
続・なぜ日本人はかくも幼稚になったのか
壊滅 なぜ日本人はかくも幼稚になったのか 3
なぜ日本人はかくも幼稚になったのか 4 日本の決断
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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