続・なぜ日本人はかくも幼稚になったのか – 福田 和也 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

「一見するといまの日本人は、暴力を厭う、きわめて善良で親切な人々なのですが、しかし一皮むけば、絶体絶命の場所に生きている他者にたいして無理解な、利己的で冷酷極まりない生き物なのです」という著者が、「正義」と「名誉」と「誇り」を失ってしまった日本人に鋭く突きつける、衝撃の日本人論。ベストセラー『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』に続く第二弾。
・生まれながらの人格など人間には備わっていない。
・日本の教育には人間観が欠如している。
・人間ができること、選べることは、きわめて限られている。
・教育の目標は、よき人間ではなく、よき日本人を育成すること。

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書評・レビュー・感想

ここ最近の日本の子供の教育というと、「個性をのばそう」とか「個性豊かな教育」とかいった文句を、繰り返し唱えてきた。これは、大きな勘違いだったのではないかと思います。「個性を伸ばす」「個性を育てる」という発想の根本には、「子供、あるいは、人間は、もともと個性なるものをもっている」「個別の性格なり、才能なりといったものは、誰もが生まれながらに持っている」という考えがあるということを無条件に受け入れてきた。これは、とんでもない間違いだと思います。
若い人に多くみられる考え方が、「いつまでも、自分が、何かきわめて大きな可能性を秘めていて、いくらでも人生の展望が開ける」などと思っている人が多い。しかし、「人間の可能性は無限ではない。それは逆にとても限られたものだ」と申し上げています。ところが、世間や学校では逆のことが教えられています。

前回のつづき。
今回は、日本人の教育というのが大きなポイント。エッセイぽい。
以下は、シリーズ一覧。
なぜ日本人はかくも幼稚になったのか
続・なぜ日本人はかくも幼稚になったのか
壊滅 なぜ日本人はかくも幼稚になったのか 3
なぜ日本人はかくも幼稚になったのか 4 日本の決断
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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