五分後の世界 – 村上 龍 (書評・レビュー・感想)

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書評・レビュー・感想

5分のずれで現われた、もうひとつの日本は人口26万に激減していた。国連軍との本土決戦のさ中で、アンダーグラウンド兵士の思いは、こうだ。「人類に生きる目的はない。だが、生きのびなくてはならない」。

「ブロック、姓名、年齢を述べよ」

「キュウオオサカ、ドーセット・タツオ・ヘンドレイ、二十一歳であります」

俺はジョギングをしていたんだ。と小田桐は意識を失う前のことを思った。だが、今は硝煙の漂うぬかるんだ道を行進していた。5分のずれで現れたもう1つの日本は、人口二十六万に激減し地下に建国されていた。駐留する連合国軍相手にゲリラ戦を続ける日本国軍兵士たち。戦闘国家の壮絶な聖戦を描く、衝撃の長編小説。

「泥や水や土や植物や空気を構成する分子や原子の形が違っているようなすべてのものが鋭く尖っているような、それが痛みではなく冷たさを生み出しているような、そんな感じだった。」

「まるで音の粒子がきれいな形で空中を飛び散って、シャボン玉や虹のように目に見えるものになっていくような感じがした。本当に、音が、目に見えるようだった。音の一粒一粒が毛穴や汗腺から染みいってきて、寒さや疲労や緊張をほぐしていくようなそんな感じだった。」

「キャバレーのボーイみたいに尻が小さくて蹴りを入れると折れそうな腰をしているが、スポンジや風船みたいなブヨブヨの、締まりのない肉の持ち主だった。養殖魚とかブロイラーとかそういう類の肉だ。」

「特に敵兵の姿が目に入ってからは空気の成分が変化したようだった。実際に目の表面が乾く気がしたし、吸い込む空気の粒子に突然棘が生えたかのように喉や肺がザラザラした。」

百パーセントの日本人は、二十六万人しかいない。彼らは、国民とか国民ゲリラ兵士とか呼ばれて、その姿を見られるだけでもすばらしいというような、まるでF1レーサーのような圧倒的な存在である。
その下に、明らかな区別があるかどうかわからないが、準国民と呼ばれる大勢の人間がいる。混血児たちは非国民と呼ばれていて、一年に二度、準国民検査というものがある。国民はアンダーグラウンドと呼ばれるところにいる。それは、中部山系の地下、富士の北側と言われているが、混血児たちの中にはそこに行ったことがあるものはまったくいない。準国民でさえアンダーグラウンドに入るのは相当難しいらしい。
日本はいくつかのブロックに分かれている。「向現」という薬があって、コカインの十倍興奮し、ヘロインの十倍安らぐらしい。アンダーグラウンドの薬学、電子工学、暗号技術、エレクトロニクスなどに勝る国は他にはないらしく、それらを駆使する勇気とプライドをもつ兵士たちによる戦闘国家が現在の日本だという。
村上龍自身が、最高傑作というこの作品。実は3度目だったが、あいかわらず最高だった。1回目、2回目はけっこう細部をとばしたきらいがあったので今回はそのあたりも重点的に読み進めたが、そのような事前の考えなどおかまいなしに物語に引き込まれた圧倒的な戦闘描写などは筆舌に尽くしがたい。自己を安心させることが読書の本質である方にはおすすめできないが、読んだ後に自分の行動が変化するかもしれないという恐れに対抗できる方が十分な心づもりをもって望むにふさわしい一冊。
(過去ブログからの転載シリーズ)

本エントリーは、過去に運営していたブログから転載したものであり、一部書き直しならびに追記をしてあります。

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