葛飾・柴又へ行って来た!

【この記事の所要時間 : 約 3 分


東京に住んでいながら、「男はつらいよ」で有名な「柴又」に行った事がなかったので、ちょっと行ってみた。
Wikipedia – 柴又

柴又(しばまた)は、東京都葛飾区東部にある地名である。古くから題経寺(柴又帝釈天)の門前町として知られていたが、映画『男はつらいよ』の舞台となったことでさらに広く認知されるようになった。江戸川対岸の千葉県松戸市・矢切地区とを結ぶ渡し船「矢切の渡し」の渡し場がある。

柴又は東京の東の端にあって、近くに流れている江戸川を渡ればもう千葉という場所である。

柴又といえば、「帝釈天」であるが、正式名称は経栄山 題経寺という日蓮宗の寺院である。柴又駅から帝釈天までにあるのが、「帝釈天参道」である。

Wikipedia – 男はつらいよ

『男はつらいよ』(おとこはつらいよ)は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(一部作品除く)のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることが多い。

柴又といえば、なんといっても「男はつらいよ」であるが、写真の高木屋というだんご屋が寅さんの実家のモデルとなっていると言われている。

高木屋の草だんごである。
この草だんごは、緑色のもちとあんこが別々に入っている。

店はかなりはやっている模様で、店員もたくさんいて活気があった。

「草だんご」は、よもぎを団子の中につきこんだものであり、素朴な味がした。

こちらが、「男はつらいよ」の初期作品の頃に撮影に使われた「とらや」という和菓子店である。当時は「柴又屋」という名前であったが、ある時から作品と同じ「とらや」に屋号を変えたため、作品では、「くるまや」へと大人の事情で変更されている。

作品では、寅さんの実家として使われたが、平成元年に老朽化によって建て直しが行われ、現在の形になっている。

Wikipedia – 柴又帝釈天

江戸時代初期(17 世紀前半)の寛永6年(1629年)に、禅那院日忠および題経院日栄という2名の僧によって開創された日蓮宗寺院である。18 世紀末、9世住職の日敬(にっきょう)の頃から当寺の帝釈天が信仰を集めるようになり、「柴又帝釈天」として知られるようになった。帝釈天の縁日は庚申の日とされ、庚申信仰とも関連して多くの参詣人を集めるようになった。

それほど古い寺院ではないようだ。

柴又帝釈天は、帝釈天を安置する寺院であるが、18世紀後半に題経寺の本堂を修復している際に、紛失していた帝釈天の板本尊が発見され、その日が庚申だったことから、庚申の日を縁日とすることになったらしい。

帝釈天参道は非常に赴きがあるところであり、川魚料理を出す老舗料理屋や煎餅屋、だんご屋など情緒ある空気がゆったりと流れているように感じた。

下の写真が、柴又駅前にある車寅次郎の銅像である。

メモ : 柴又マインドマップ

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