畠山記念館「織部が愛した茶碗」へ行ってきた!

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畠山記念館 – 織部が愛した茶碗

織部所持と伝える高麗茶碗「割高台」にスポットをあて、織部の時代の茶碗とともにその魅力にせまります。さらに、織部から約400年後に同じく「割高台」に魅せられた近代の数寄者たちのエピソードを交えて、実際に「割高台」を用いた茶会の道具組をご紹介いたします。

2010年10月9日から白金台の畠山記念館で開催している「織部が愛した茶碗」展を見に行ってきた。12月19日までの開催なので、見たい方は是非。
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畠山記念館は、荏原製作所の創立者として知られる畠山一清氏が自らの収集品を公開するために開館した美術館であり、能登守護大名である畠山氏の血筋を引く家系に生まれ、茶人、コレクターとしても知られている。
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今回の展示会は、「へうげもの」の主人公でもある古田織部(1543 – 1615)にスポットを当て、ゆかりの逸品を特集している。一番の注目は、パンフレットにも載っている高麗茶碗「割高台」である。
これは大阪の豪商・鴻池家から売りに出されたものを他の財閥やコレクター達とせりにせった上で現在価格で約6億円で入手したものらしい。
Wikipedia – 古田織部(古田重然)

古田 重然(ふるた しげなり / しげてる)は、戦国時代から安土桃山時代、江戸時代初期にかけての武将、大名である。山城国西ヶ丘藩主。一般的には茶人・古田 織部(ふるた おりべ)として有名。通称は左介。初名は景安。「織部」の名は、壮年期に従五位下織部正(織部助)の官位を叙任したことに由来している。千利休が大成させた茶道を継承しつつ大胆かつ自由な気風を好み、茶器製作・建築・造園などにわたって「織部好み」と呼ばれる一大流行を安土桃山時代にもたらした。

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畠山記念館は、もともと江戸時代は、薩摩藩・島津家の別邸があった場所であったので、雰囲気が武家屋敷っぽい感じになっており、庭や通りなども趣きがあってとても良かった。
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古田織部ゆかりということで、黄瀬戸、黒織部、志野、鼠志野など美濃焼も展示されていたが、豊臣秀吉所持と言われる千利休作の茶杓「落曇」が印象に残った。下3分の1の部分に節があり、先端が広がっているような不思議な茶杓であった。
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昨年の夏に行った「へうげもの」イベント – 『へうげて、暮らすか』のようなへうげたものではなく、非常に正当な美術館であり、静かな空間の中でゆっくりと鑑賞できた。

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