街場のメディア論 – 内田 樹 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 2 分

街場のメディア論 (光文社新書)
内田 樹
光文社 (2010-08-17)

おそらくあと数年のうちに、新聞やテレビという既成のメディアは深刻な危機に遭遇するでしょう。この危機的状況を生き延びることのできる人と、できない人の間にいま境界線が引かれつつあります。それはITリテラシーの有無とは本質的には関係ありません。コミュニケーションの本質について理解しているかどうか、それが分岐点になると僕は思っています。(本文より)テレビ視聴率の低下、新聞部数の激減、出版の不調—-、未曽有の危機の原因はどこにあるのか?「贈与と返礼」の人類学的地平からメディアの社会的存在意義を探り、危機の本質を見極める。内田樹が贈る、マニュアルのない未来を生き抜くすべての人に必要な「知」のレッスン。神戸女学院大学の人気講義を書籍化。

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書評・レビュー・感想

内田先生のメディア論である。メディアとクレーマーへのくだりはなかなか面白かった。メディアが「変化が好き」という話もその通りで、メディア・出版界に対する根源的な指摘は多くの人に読んでもらいたいと思った。わかりにくい現象、わかっていたが言葉にすることが難しい現象を簡易な表現でうまく言葉にする力はあいかわらずで脱帽。
以前から感じていたのは、「メディアでは、個人は責任を取らない」ということである。本書では、それを、「最終的にその責任を引き受ける個人を持たない」と表現しているが、まさにその通りで、そのような形で書かれた文章を読まされたくないと思う。
個人ではなく、グループとしてまとめた記事というのもあるかと思うが、そうであれば、そのグループの責任編集者の名前をしっかり書き、過去にその記者がどのような記事を書いてきたのかを追えるようにしておくべきだと思う。人ではなく、定型が書いているなら、定型が書いてると書けばいい。
役所などでよくあるケースが、その手続きを誰がやっているのか、誰が責任者なのか、わからないし、聞いても答えようとしないことであるが、メディアも同様で、どういうバックグラウンドの記者がどういう記事を書いているのかわからない。言葉に責任を持つためにも、すべて署名記事にすればいいんではないだろうか。などなど本書を読んでいていろいろと頭に浮かぶことも多い。
現代人には必読な一冊だと思う。

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