現代霊性論 – 内田 樹,釈 徹宗 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

現代霊性論
内田 樹 釈 徹宗
講談社

神さまや幽霊についての現象学的アプローチ。生とは、死とは、霊とは?―お葬式、占い、霊能者、タブー、新宗教、カルト、UFO…「スピリチュアルの毒」にあたらないために、現代日本人必読の書。

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書評・レビュー・感想

宗教的な行為様式の基盤が崩れたことで、霊性にかかわる問題にかえって縛られるという側面が出てきている。たとえば都市生活には土俗の宗教性がありません。でも、人間はなんらかの意味の「縛り」がなくては生活できません。そこで、「占い」や「スピリチュアル」がブームとなる。「占い」が都市部ほど盛んなのは、都市生活者がなんらかの縛りを求めていることの表れの一つなんじゃないでしょうか。

この都市部に占いが流行るというのは確かにその通りで、占いの擬似宗教性を表していると思った。風水なんてそういうものの典型かと思う。また禅や瞑想時に起こるとされている「魔境」についての危険性を指摘している。

ただ単にエンターテインメントとしてスピリチュアルな文化を楽しむというのはもちろん否定しませんが、やはり危険性が隠れていると考えた方がいい。たとえば、荒行や座禅や瞑想をすることで、この世と外部をつなぐ回路が開いて、いろんなものが見えたり聞こえたりするのを、伝統宗教では「単なる生理現象だから、宗教の本質には関係ない」とばっさり切って捨てます。生理的負荷をかけられると、そこを避けるためにバイパスができる。それは一見、救われたかのように見えるけど、実は危険でもある。

Wikipedia – 魔境

魔境(まきょう)とは、禅の修行者が中途半端に能力を覚醒した際に陥りやすい状態で、意識の拡張により自我が肥大し精神バランスを崩した状態のことを指す。ユング心理学で「魂のインフレーション」と名づけられた状態だという指摘もある。
日蓮は、「瞑想により仏陀や如来が現れたときは(瞑想内のイメージの)槍で突き刺せ」「仏見たなら仏を殺せ」と教えている。これは、瞑想中に神格を持つものとの一体感を持った結果「自分はすごい人間だ」と思い込んでしまい、エゴが肥大してしまうのを防ぐ、すなわち魔境に入ってしまう状態を防ぐための教えだとされている。
実際に光のようなものが現れても、それは単なる脳内の視覚野の発火現象であるとされる。

などなど、宗教、霊、死、業(カルマ)などさまざまな霊性について2人での語り合いが収録されている。じっくり読んでみると得るものも大きいかと思う。伝統宗教以外の新宗教、ポスト新宗教について年表などで纏められていたのもよかったと思う。ああいうのはなかなかないので。
細木和子とか江原啓之とかが好きな人にはオススメしない。そうでない人なら十分に満足できる本かと思う。

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