人を殺すとはどういうことか – 美達 大和 (書評・レビュー・感想)

【この記事の所要時間 : 約 3 分

自らに絶対的確信を抱いて冷徹に二人の人間を殺した男は、全く反省しない同囚たちの中で、自分の罪とどう向き合ったのか? これまで触れられることの無かった「極悪人収容刑務所」の内側を描いて矯正の実態をあぶり出すと共に、「罪と罰」の意味を根源から問い、読む者の魂を揺さぶる問題作。

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書評・レビュー・感想

著者は、在日一世の父親と日本人の母親を持つ無期懲役囚である。本書で利用している美達大和というのはペンネームで本名ならびに事件の詳細は伏せられている。二件の殺人事件で無期懲役となっている。
著者について本名や事件の詳細を調べている人がネット上では結構いるようだが、事件の時期や場所、過去の出来事、プロフィールなどそのまま出しているとは思えないので、そういったものから当たってもムダだろうと思う。また著者が実在しない可能性もあるが、それはそれでもいいだろうと思う。
本書の前半は、自分について書かれており、後半は、著者が現在入っている長期刑務所にいる他の受刑者について書かれている。他の受刑者については、堅気とヤクザに分けて書いている。
本書の評価についてはさまざまな意見があるかと思われるが、「あり」か「なし」かと言われれば「あり」だが、手放しで評価はできないといったところだろうか。長期受刑者が本を出版するということにそれほど問題は感じないが、著者は本書の中で繰り返し、罪の意識と贖罪について書いているけれどもなかなか信用しがたい。他の受刑者に対しても自分に対してもメタ思考で分析、思考しようとしていて内からわきあがってくる感情をうまくコントロールしているように感じた。
ただ、長期刑務所の受刑者の傾向分析などは中にいる人しかできない部分もあり社会的な有効な調査結果といえなくもない。また、現在の長期刑務所の問題点とそれに替わる代替案について述べられている点もよしとしたいところだが、これについても評価は微妙。代替案がそれほど有効と思われないからである。
被害者が加害者をどうしたいのか?ということはわからない。被害者遺族が被害者のために被害者に代わって何をすべきかを知っているというのは権利の詐称だと思う。しかしながら遺族がなんらかの救済を受けなくては心理的・社会的に許されないということも理解できる。そのためには、無期懲役ではなく、終身刑というのを日本社会は検討する段階になっているような気がする。死刑付きの終身刑なども考えられるし、現状を考えると再犯に対する量刑はもう少し考える必要があると思う。(特に依存的な犯罪行為には)

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