武士の紋章 – 池波 正太郎 (書評・レビュー・感想)

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関が原の後、石田三成の義弟の妻だった真田幸村の実妹の於妙を娶り、睦まじく添いとげた滝川三九郎。その、運命に逆らわずしかも自己を捨てることのなかった悠然たる生涯を描いた表題作。父弟と袂を分かって家康に仕え、信州松代藩十万石の名君として93歳の長寿を全うした真田信之ほか、黒田如水堀部安兵衛、永倉新八など、己れの信じた生き方を見事に貫いた武士たちの物語8編。

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書評・レビュー・感想

本書の中では、表題作「武士の紋章」が一番良かった。主人公は、滝川三九郎である。滝川三九郎は、滝川一積ともいい、織田信長の家臣だった滝川一益の孫にあたる。以前、滝川一益では、滝川一益の子孫については一切かかれていなかったので、非常に興味深く読んだ。滝川一益では、織田雄の家老であり、滝川一益の養子であった滝川三郎兵衛についてはよくかかれていた。
Wikipedia – 滝川 一積 (たきがわ かずあつ)

滝川 一積 (たきがわ かずあつ)は、江戸時代前期の武将。徳川氏家臣。滝川一忠の嫡男で滝川一益の孫にあたる。通称三九郎。子に滝川一明。正室は真田昌幸の五女である於菊。織田長益の推挙によって中村一忠に仕えた。しかし直後の慶長8 年(1603 年)に徳川家康の下で2000石を拝領して家臣となっていた叔父・滝川一時が若くして没し、子の滝川一乗がまだ幼少ということもあって、名代に任じられて家康に仕えた。その後、大坂の陣では徳川方使番として参陣し、活躍した一積は1000石の旗本となる。於菊を妻にしていた縁から、討死にした真田信繁の娘を養女に迎え、蒲生郷喜に嫁がせるなどたびたび真田氏のために働いた。しかし寛永9年(1632年)になって、突如としてこれら信繁の娘を養女として他家に嫁がせたことなどを罪状にされ、幕府使番の職を解かれて除封されてしまう。

この物語は、滝川三九郎が、真田昌幸の娘を妻としていたこともあり、真田家と関連が深くなっており、続く短編の「三代の風雪(真田信之)」「首討とう大阪陣(真田幸村)」への布石となっていた。本の構成上も非常にいい流れの中にあり、読み応えがあった。お勧めの一冊。

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